龍神の社 前編
ついに始まった学園生活。
特に大きな事件なく過ごしていた「俺」は不思議な女性と森で出会った。
「というわけで、皆様帰り道にはお気を付けください。」
そう、教壇に立つわが1組の担当教員が言うと、礼をして帰って行った。この学園では、教員レベルでは偉そうにはしない。特にこのクラスは高位血縁者ばかりであるので、むしろ下手に出てくるのである。能力の高い者はそもそも位の高い貴族で領地へ戻るし、そうでない場合は軍属であることがほとんど。
教員となるのは魔法能力は低いが魔方への理解は高い、「努力した平民」がなるのが一般的である。だが、まだ魔法も使ったことのないような魔法使いの卵たる「俺」達には、そういう努力した人が教えてくれる方が為になるものだ。
そんな本日の担当教員のことを思い出しながら森の中を歩く。森と言っても扱い的には公園らしく、一応整備された道と案内がところどころにあり、実際学園の敷地内である。
この学園は、政治的にはかなり特殊な立ち位置にある。それはかなり近年まで独立国家であったことに起因するようだ。
教育というものは国家が行う場合かなりお金と設備と時間がかかる。弱小国であれば尚更きつい。だからと言って教育に手を抜けば国が滅びる。であるならば共同で作ればどうか、というような形で設立されており、永久中立国を謳っていた。現在は「帝国」に属しているが、それは単純に周りに「帝国」以外存在しなくなった折に、学園長が申し出る形で併呑されたからだ。
「帝国」内にも自前で教育機関はもちろん持っているし、当時もあったが、歴史と熱意と実績によってこの学園は、設立当初より常に大陸最高の誉れを守り続けているのだ。
「最悪、自給自足できる程度の環境を持っていた名残か。畑のようなものまであるな。」
周りを見渡しながら散策を続ける。「帝国」に併呑されてからは整備されていないが、都市国家的な位置づけであったため、山賊程度ならば自前で籠城できるだけの設備はあったようだ。
ちょっとした山や、小川まであり、小動物もたくさん居る。
特に用があってここに来たわけではない。単純に帰り道に少し遠周りをしているだけだ。
元々現在住まわせてもらっている屋敷は、貴族の子息がこの学園に通うための別荘として建てられたものなので、学園に通う分には立地はすこぶる良い。子供の足では少し遠めではあるが、十分歩いて行ける。というよりこうなる可能性も考えてあの自称小さな屋敷をあてがわれた可能性が高い。
通学については馬車を用意してくれるという話もあったのだが、せめて移動中は一人になる時間がほしいと思ったので断った。そう言ったところ、執事の男爵は「そう言われると思いまして」などと、歩きやすい靴と服(もちろん、「ボク」にぴったりのサイズだ)をその場で用意してくれた。彼なりに、監視されている「ボク」のストレスについて気を使ってくれているらしい。もちろん護衛という名前の監視を緩めるなんてことは全くないだろうが。
「ここは自然が残っていて良いなぁ。「帝都」は開発が進みすぎて人工物以外ほとんどないからなぁ。」
しみじみとそう言いながらもゆったりと散策を続ける。
「帝都」は開発がすすみ、巨大になりすぎて建国当時は隣国であったこの学園を飲み込んでしまっているのだ。まぁ元々この学園が存続できた理由が、かなり古代より最強の国家であった「帝国」が、「学園には一切手を出さない」と宣言していたからで、そしてその近くにあったからこそ安全な教育が提供できたのである。
だが、一応近年まで独立国家であり、そして今も自治されているため学園敷地内は別世界のように自然が残っている。場所によっては歴史的に重要な遺跡も残っているとかいないとか。
そうやって歩いていると、一人の軽く頭巾をした中年頃の女性が森の中の階段の手前で立ち止まっていた。その階段はこの辺りにしては珍しく急な階段で、体力のある人でもそれなりに疲れそうではあった。
「どうかされましたか?もし良ければ手荷物をお持ちしますよ。」
この高低差をまえに憂鬱にでもなっているのかと思って手伝いを申し出た。気持ちはわかるし、この散策には体力づくりも兼ねている。明日は筋肉痛になるかもしれないがまぁ理由がなければこんな訓練なんてできっこない。
だが、彼女はこちらを見た後慌てて否定する。
「い、いえいえ。そんなエルフのぼっちゃまにお手伝いいただくなんてとんでもございません。ただ、少し懐かしく思っていただけでございますゆえ。」
そう言って彼女は頭に巻いている頭巾を深くかぶり直しながら後ずさり、辞退する。遠慮されたのかなと思いながらも、これ以上無理に勧めるのもかえって悪いと思い話を変えることにした。身分制度のない世界に居た為たまに忘れるが、これでも「ボク」は皇子なのだ。普通の市民的にはかなり目上の存在である。そして「ボク」は耳でエルフであることは一目瞭然なのだ。
「そう、それなら良いよ。ところでこの先には何があるの?ずいぶんとここだけ雰囲気が違うけれど。なんていうか空気が澄んでいるというか。」
そういうと、頭巾の奥からでもわかるほど大きく目を見開いてこっちを見た後、また後ずさった。
そこからみえた顔は、化粧が少し年寄り臭いが、それがなければ結構若いんじゃないかとも思った。
(40前後なんて思って失礼だったな。おばさん、なんて言わなくて良かった。)
「ほんとうに、そうお感じになられますか?」
少し間をおいて彼女はそう聞いてきた。
「うん、何かおかしい?なんだか帰ってきたような気持ちにすらなる。来たこともない筈なのに不思議なんだ。」
「俺」はそう云ってから、実家の近所にあった神社の雰囲気に似ているのかなと何となく思った。日本風というよりは中華風な感じもするが、他の西欧的神殿よりはよほど似ている。
その言葉を聞いてから更に何かを考えた後、彼女は思い立ったように話し始めた。
「この先にはお社があるのでございます。父がこの学園の教員をしておりましたので、子供のころ良く連れて行ってもらったものでした。」
そう言いながら、初めて見たときと同じように彼女は階段を見つめている。
「そう、なら尚更見たいんじゃないの?」
そう言った後、彼女はこちらをみて首を振る。
「ぼっちゃま。よした方がようございます。ここは「帝国」でございますゆえ。」
聞いてからしまったと思う。「帝国」は確かに他の神を祀ることを禁じていない。だが、明らかにこのお社には人が通ったあとが年単位でなさそうだ。つまり、「皇神教」を上位とすることを認めなかった宗教である可能性があるのだ。そして彼女がこう言うということは、そうなのだろう。
「すみません、出すぎたことを言いました。」
そう言うと、彼女はまた目を見開いた後、今度はくすくすと笑い始めた。
「えらく変わった貴族様でございますね。私はただのこの学園の使用人にございます。そんなに緊張なされなくともようございます。」
そう言いながら優しく笑いかけてくれる。その様は最初見た年相応、いやそれ以上の貫録があった。
(例えるなら、老舗旅館の女将、といったところだろうか。)
そう考えていると、なんとなく喋り方も京都の女将風に聞こえてくるから不思議だ。そう、この人は振る舞いや身につけている物、化粧、どれもかなりの年配に見えるのに、顔だけが若いから違和感を感じるのだ。だが、耳は隠していてよく見えないが、サイズは普通に見えるから単純に童顔なのか、それともこのあたりの人はこうなのか分からない。
そう考えていると「ボク」が答えに窮したととられたのか、彼女は階段に腰掛けてこちらにも勧めてきた。
実際どう答えたものかと困っていたのは事実である。「ボク」は渡りに船と思い素直に横に座った。
そうすると更に彼女は微笑ましそうに笑っている。
「ほんに変わったぼっちゃまですね。では、罪滅ぼしとはちゃいますが、昔話でも聞いてもろてもよいやろか?」
本当に京都弁のように聞こえてくるから不思議だ。まぁそんなに馴染みがあったわけでもないから本場のかどうかは分からないが。
沈黙を肯定と受け取った彼女はこのお社の話を「歴史の課外授業」という名目でし始めた。
なんでも、このお社はこの学園ができる前からあるそれは古いお社で、ここを作る時の人たちは由緒あるところに違いないと、この森を残す形で学園の建設を行ったそうだ。
このお社の変わっているところは木でできているところで、数百年に一度立て替えているそうだ。前回から既に100年ほど経っているが、その時の様子をまるで見てきたかのように話してくれた。
「学園の中にありますから、戦争とはほとんど無縁ですやろ?また、学生は学生で勉学ばかりではあきてしまう。せやから職員や学生総出で立て直したんよ。」
それこそまさにお祭り騒ぎなんでしょうねと彼女はいう。
「とても楽しそうですね。」
と、「ボク」が言うと彼女は
「ええ本当に。」
とそう答えた。本当に見てきたように言うなあとも思ったが、年寄りだと言っていると誤解されたくないため黙っていた。
「ごめんなさいね、長々と。」
その後もその祭りの話を聞いたが、日が傾きかけた頃でお開きになった。
それだけ色々聞くと実際の社を見てみたくはなったが、彼女に迷惑をかけてもしょうがないのでまた今度の機会にすることにし、彼女に話の礼を述べたあと、リィンの待つ家に帰って行った。
長いので続きます。




