雪だるま
来ーるー♪きっと来るー♪
ヒナゲシside
「JAFは来ない、110番もない、公道もぬぇ!」
「どうしたヒナゲシ」
話し相手がたくさん出来たことで、『北○百裂拳で肉を炒め人参の経絡○孔を突き南斗鳳○拳で全じゃがいもを屈服させ神に復讐する』などととっ散らかったカレー作りを述べることもない。
完全に正常に戻ったからこそ詰んだ現状に頭を抱える。
雪に道を作ることは出来た、でも登山服でもない面子で下山なんて出来るだろうか? 雪は吹雪き、穴蔵から出るだけで危機感を抱く。
「盗賊のにーさんや、近くに人住んでないの?」
「助けに来た相手に盗賊呼びはねーだろ、ルド様と呼べ」
べしんと頭を叩く二人は既に仲良しだ。同じように現実逃避した仲間だもんな、ははは。
「ルドにーちゃん、ここはどこだ」
「兄貴かよ、まぁいいが。この国は大陸の最北端だ。常に吹雪き天気はよくねぇ。王族は山の上の砦に囲われ住んでるが、民草は村を幾つも作り分散してる」
「つまりここはどこ?」
「見たところ近くに砦も村もなかったな」
「Oh遭難!」
人を呼べる距離じゃないからルドも難しい顔をしていたのか。
本気で焦ってきたぞ……。
「頭、軍隊が来やすぜ」
見張りをしていた人が、外の様子を伝えに来た。
ルドの表情が渋くなる。
「この穴蔵に向かってか?」
「恐らくは」
あ、とヒナゲシが何かに気付く。
武器入りの木箱。確認した時何か嫌な予感がしたんだった。
「何だこの武器の山……」
遅まきながら木箱確認したルドも露骨に嫌な顔をしている。
大の大人たちに一斉に能天気な顔を引っ込められると不安になった。
そもそもこの穴蔵は何なんだ。
明らかに人の手で作られたスペース、それも避難場所のような実用的なものでもない。
常にリスクを抱えて動かなければいけない盗賊の勘が言う。
――退け、見つかると厄介だぞと。
「距離は?」
「40、白服は雪に紛れやすいっすね」
それではもうこの場全員の姿が確認出来るだろう。
逃げ場は、ない。
「ヒナゲシ、魔法をあてにしていいか?」
「えっ」
「俺たちのスキルや魔法をここで使うのは巧くない。それに難もある。さっきの炎を借りたい」
「お、おう!」
眼差しはとても真摯なもの。盗賊だとか会った時間はあまり考えなくてもいいかもしれない。だってにーちゃんだし。
「緑はダンシングフラワー、雷撃はダーリンお仕置きだっちゃ、水はノアの方舟が使えるよ!!」
「わかるか」
べしっと殴られた。
あまり痛くない親しいそれが凄く嬉しい。テンション上がる。だってまるで兄貴みたいじゃん? 日本の兄貴私が嫌いだったじゃん? こんなことされてないじゃん?
うへへ、と笑い声が漏れた。
「緑、雷撃、水、炎か……うん、まぁ、何とかなるだろ」
「ヒナゲシちゃんに任せっぱなしっつーのも嫌なんすけどねー」
「後のこと考えたら今は頑張ってもらうっきゃねーか」
「ごめんなー?」
本当に気安くなった。それがヒナゲシにはとっても嬉しい。
ここでかかってるのはヒナゲシ一人だけの命ではない。一蓮托生、全員ぶんの命だから。信用、期待。どれも日本では得られなかったもの。応えてみせる。
「大丈夫。でも使うタイミングや順番は任せていい?」
「おお、ルドにーちゃんに任せろや」
彫りの深い顔に本心を隠す様子はない。裏切られてもいいと思える笑顔だった。
――私は信じたい。だから信じる。
傷付いてもいいと思える出会いが嬉しいから。
存在を認め声をかけてくれるのが嬉しいから。
ヒナコという色眼鏡もここには存在しないから。
――勇気を出して自分を預けてみよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
侵入者排除部隊side
「山に侵入した異物を確認。やはり人間だな、魔法エネルギーも感知した通り」
「よりによって“ 神台”に入り込むとは。結界をすり抜けたか破ったかしたのでしょうか?」
「破壊の跡はないね。まったく、どうやって入ったのやら」
進軍する部隊の中で、毛色の違う服装に身を包む数名が会話している。
あの穴蔵に入るくらいだから五部隊以上ということはないだろう。過剰戦力なくらいだ。しかし場所が場所なだけに無視は出来ず、こうして相手側より多い人数で出向いたわけだ。
少なくとも、結界内は女王の力の負荷がかかり、許可のない侵入者の魔法エネルギーは半減されている。何を思って入り込んだか知らないが、想定外の事態に今頃後悔していることだろう。
「距離10。さて、ここから声をかけ投降を促しましょうか」
「お優しいことで」
「乗り込んで捕まえる労力が無駄でしょう」
「それもそうだな」
「こほん。――えー、そこに隠れてる人? ここは我が国の王家が管理する……は?」
声を拡声する魔法に乗せ、話しかけたところで。
ひょこん。
雪だるまが穴から顔を出した。
「…………」
『つ、つかまえるの?』
「シャベッタ!!!!」
んな阿呆な!
信じられないものを見た自分たちに、丸い雪二つが繋がった雪だるまが、幼げな声を震わせる。
『わるいことぼくしてないの、それでもぐんたいさんはつかまえるの?』
「……………………」
それは、どう、でしょう。
子供の夢を軍人がタコ殴りしてしまうような後味の悪さが過る気がする。
だって相手は雪だるまなんだもの。
上司に連れてこられた軍人全員が指示を仰ぐ五名に視線を向ける。
え、俺たち雪だるま捕まえに来たの? 何の罪も犯してない雪だるまを?? マジで??? 正気か上司!?
そんなショックを受けた多数の気配。
上司だって人間かと思っていたので言葉も出ない。
結界をすり抜けてきた雪だるまです、そう女王様に雪の塊を差し出し冷たい眼差しでタコ殴りにされる自分も想像できた。
すごく……間抜けです……。
『ぐんたいさんこわいの……』
「え、ええ~」
雪だるまの背後には誰もいないことを示すようにくるくると忙しなく動く雪だるま。
足もないのに何故動く、と思えば接着が甘かったのか上の雪玉がズレた。
ズボッ!
「ヒッ!!???」
芯になっていた植物が目と口の部分から飛び出した。普通に怖い。
『ひどいの……ひどいの……』
子供のような声はまだ聴こえている。
雪だるまはやはりくるくると動いている。そして首の部分からも植物がはみ出てうにうにと蠢いていた。
怖い。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ヒナゲシside
「やべぇ、短時間で作ったから崩壊しだした」
「ふんぬぬぬぬぬぬっ……」
「ヒナゲシちゃん、基本魔法ノーコンなんだっけ」
「量は問題なくて細かな動きは無理って言ってたけど、これは」
「あ、頭割れた」
「悲鳴聞こえる」
「ちょ、ヒナゲシちゃん!? 何で雪だるま走らせるの!?」
「違う! 帰って来い! おい! 足っ! 生えてる! からwww」
「二足歩行する雪だるま」
「もっ、無理ぃいいいいぃぃ!!!!!」
「あ、雪だるま爆発四散した」
「何で芯の植物だけ残ってるんだよ」
「ヤモ君もうやめたげて!」
助からないまま雪山話は続く。