雪山で供述
ご無沙汰しております。
なかったことにした。
「お久し振りです!」
快活に挨拶し、『あれ? この子身内かな?』と思っちゃうような親しさ全開で駆け寄り、「船は無事でしたか?」「穴あけちゃってすみませんでした!」と畳み掛ける。
「ああ……」
立て板に水のヒナゲシに、何気なく答えようとポケットに手を突っ込み――パッキリと割れた守護札の存在を把握し、ふっと斜め下を見て。
「俺も会いたかったんだ、ヒナゲシ!」
なかったことにした。
あれ、友達かな? と思った元盗賊、現救助要員は好感度MAXなヒナゲシを見、これまた好感度MAXの笑みを見せた自分たちの頭を見た。
いつも何気なくズボンのポケットに突っ込んだままの腕が小刻みに震えている。現代人が見れば「あっ、着信入ってますよ」と教えてくれそうなほどにバイブっていた。
――もしや、守護札?
そこには行きがけの駄賃と言わんばかりの土産物を入れていた筈だ。そして頭は震えている。
そこから導き出される答えは一つしかないのでは?
「ヒナゲシ嬢がご無事で何よりです!!!」
全員が、全力で、なかったことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……ということで、雪山なうです」
「(なう?)その女貴族は後で国王にチクるとして、今ここにいる全員に凍死の危機が差し迫っているのが大問題だな」
「「「「「ですよね~」」」」」
その場にいる全員が問題から目を背けた先にあるのは、やはり問題しか残らない。
盗賊稼業で身に付いたスキルを活かそうにも丸腰では何も出来ない。そう言えば脱走を危ぶまれて手荷物ボッシュートされてたんだった。本当に何しに来たんだお前ら。
「登山経験は?」
「ある」
「雪山は?」
「ある」
「これから下山は」
「死ぬ」
「「「「「ですよね~」」」」」
だんだんシンクロ率もアップしているヒナゲシと元盗賊連中。狭い空間に寄り集まってるせいか、否が応にも親近感が増していく。
「ヒナゲシの炎は」
「!」
命の危険もあったが、積もった雪を瞬時に蒸発させた威力は目を見張るものがあった。守護札がなければ確実に瞬殺である。救助に来ていながら情けないが、今は炎に頼りたい。なのにヒナゲシはびくりと体を震わせた後、頼りなげに視線を泳がせ――顔を伏せ手を握りしめた。
白く染まった山を見た時。穴蔵で死に直結した眠りに落ちそうになった時。
ヒナゲシも思わなくもなかった。
冷気には暖気、水には火、雪には炎かな? と。
死ぬくらいならやってみるべき? と。
でも、そうしようと思い魔法エネルギーを熱の塊に変換しようとして――どうしても、あの絶望に歪む男の顔を思い出して。ヒナゲシは震える指先をコントロール出来なくなってしまうのだ。
そう、緑のみでなく火、水、雷撃すべてにヒナゲシは魔力暴走を起こしていた。
翠の指導を受けた力は“ダンシングフラワー”
虎雄の指導を受けた力は“無差別ダーリンお仕置きだっちゃ!”
青子の指導を受けた“前触れなしのノアの方舟~行方不明者捜索中~”
そして、そして、攻撃性の高い炎は――今も、幾人もの心に傷を残している。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
回想
『なぁなぁなぁヒナゲシ!』
「何さ暁月」
ヒナゲシに纏わりつき、騒ぐ4精霊のうち真っ赤な髪色と瞳を有する少年が、この日も朝から元気一杯にヒナゲシに提案した。
『次は俺の番! だよな!?』
「いや、もう、これ以上やったらリストラされそうな恐怖があるんで……勘弁して下さい」
そう答えるヒナゲシの顔色は悪い。
誰もがレベル1で覚えて使いこなす魔法を、ヒナゲシはオルディランの人々の斜め上を行く結果で出している。
国の責任者たるオースティンを筆頭に、血も涙もない宰相と部下がやらかしたことを責めてくる気配はない。
「ブフッ、見て下され、ヒナゲシ様の水に流された家名リストwww」
「こwwれwwはwww」
という至極楽しそうなやり取りの後、サムズアップしてくるだけだ。
意味がわからないよ。
「それに火って水より更に危ないじゃん、この城燃やしたら私ら家なき子だよ?」
むしろ王侯貴族巻き込んで家なき子にするよ? どんなテロだよそれ。
『だって他のやつらばっかズルい! 俺もヒナゲシと火を使う!』
嫉妬は可愛いが私の魔法エネルギーの暴走は保障されないんだぞ。
『いいんじゃねーの? 俺も補佐するし』
「炎のおにーさん」
オースティンの精霊である彼らは、古い歴史ある精霊だそうで。だから、何とかなるかなぁ? と思ったのだ。言わば信用で共犯のつもりはなかった。のだが。
信用するんじゃなかった。後のヒナゲシの証言である。
もちろん炎上したよね。
城は燃えなかった。
何故かピンポイントに 鬘だけを。
しかも、ちょっとウザいなって内心怒りを溜めてた親父たちを同時多発ファイヤー。
会議中に燃えた人もいた。
路上で燃え尽きた人もいた。
愛人の腹上で着火した人もいた。
周囲の人ポカーン。のち、爆笑。
ダンシングフラワーでも笑わなかった人が崩れ落ちたと聞いた。正直すまんかったと思っている。
ついでにいつもの如く私に喧嘩吹っ掛けてきていた人は高温の青い炎で燃えて、肌を焼くことなくツルッパゲになった。
私はわけがわからず立ち尽くしていたが、すぐに察した炎のおにーさんは被害を抑えてくれるどころか規模拡大させたんだとか。何してくれんだ。
わーっと叫び、目と鼻から色々なものを垂らしながらゴロンゴロンと転げ回り、自分の犯した罪を自白し、禿げたくないぃと泣き喚く姿は滑稽だった。
人は燃えないようだとわかると心に余裕もでき、妻や娘に必死に謝り続けるおっさんを見守り続けた。ウケる。
火が消えて残ったのは、ヨレヨレの貴族服で涙まみれ、尚且つハゲにビフォーアフターしたおっさん。ひはひはと荒い呼吸もこちらを刺激した。
笑ったよね。城内にいた皆さんと。貴賎なく。
私はあれが脳内メモリーに刻み込まれ、炎を出そうとすると腹が捩れる。
鬘の言葉も城の皆さんにはいい刺激になった。
完
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お前は鬼か」
「「「「「ですよね~」」」」」
今回も皆とハモった。
雪山に二年も放置ですまんかった。