同時進行中
今回は視点がコロコロ変わります。誘拐されたヒナゲシ側と誘拐に気付き慌てるオルディラン側。さて彼らは再び会うことが叶うでしょうか?
オースティン・クリストファーside
場所はオルディラン国国王執務室。
いつも通り信用のおける顔触れで仕事に励んでいると、ガタガタと何かが動く音が響いた。
誰かが机でも動かしているのか? と書面を見ていた複数の眼差しが室内をさ迷う。
音の発生源は棚に置かれていた箱の一つだが、それが透明なガラスケースに入っていたので何がどうして音を立てていたのか分かってしまい、幾つもの眼差しが二度見三度見をする破目になった。
ガタッ、ガタタタッ。
「…………」
気のせいだろうか、と目撃者たちは思う。
その箱に入っているのは自分たちが手にしているような紙に見えるのだが、それが体を丸めるようにして必死に箱に体当たりをしている。
――紙って生きてるっけ?
初歩的な問題すぎて誰も彼もが口に出来ない。故に執務室は動く箱の音だけが響いていた。
「外交問題に発展しそうですが、ヒナゲシの特異な禁術魔法があれば弱味を握ることも先手を打つことも出来るでしょうね」
「だな。ヒナゲシが来る前だったら間者を放って益々人手を取られていただろうから格段に面倒はない。それに……あ? お前たち何やってるんだ?」
席を外していたこの国の代表たるオースティンと、次期後継者であるクリスが戻ってきた。
執務室にいた全員が仕事の手を止め、不自然に沈黙している様子に二人が首を傾げる。
身を捻り渾身の力を込めて箱を開けようとしている紙を、全員が指し示す。
「! これは――!」
変ですよね、と誰もが頷いたが、オースティンとクリスは別の意味で顔色を変えていた。
その紙は、ヒナゲシがサインを記した特殊な契約書類。
異変を感じれば分かるように透明ガラスケースにあえて入れてあった。
その紙が、危機を知らせるように箱をこじ開けようと暴れていた。
――ヒナゲシのピンチだ。
*****
ヒナゲシside
『お初にお目にかかります、ヒナゲシ殿!』
ペタタタタなんて可愛い足音を響かせてヒナゲシの前に現れたのは爬虫綱有鱗目アガマ科エリマキトカゲ属、つまりはエリマキトカゲだった。
――え、何で連続で爬虫類? もしや私の召喚魔って爬虫類縛りとかなってんの?
犬は飼っていたが爬虫類に縁のなかったヒナゲシに、ここまでの爬虫類推しをするのはこの世界の神様だろうか? 意味不明なんですけど。
柔らかくてふわっともふっと感のある獣が出てこないのは何故だろう、とちょっと切なくなる。いや別にこれはこれで可愛いんですけどね!
びし! と直立不動になるエリマキトカゲはその小さく円らな目をキラキラさせて、嬉しそうにヒナゲシを見上げている。微妙に外股でへろりと力の抜けた感じが可愛い。
『我が主君ヒナゲシ殿のピンチを切り開くべく、参上仕りました!』
ハキハキと喋るエリマキトカゲは体育会系ぽい。いや何となくだけど。
「あ、うん。ええと、これからよろしくね?」
身長差があり過ぎて会話しづらいのでしゃがみ込む。その気遣いにエリマキトカゲが嬉しそうに微笑んだ――って、何でだよ! こんな表情分かり難い生き物の感情の機微が何っで分かるんだよ!
『では早速ですが、わたくしに名前をお付け下さいませ! ここは安全とは申せませぬゆえ、契約を急ぎ済ませましょうぞ!』
「お、おう。(エリマキトカゲだから)エリーで良いかな?」
『即断即決素晴らしい! さすがヒナゲシ殿でございますな!』
ストレートな誉め言葉に困るが、悪い気はしない。
『エリーは物理攻撃と防御に優れてるの。ヒナゲシの剣と盾に使ってほしいの』
――物理攻撃とな?
正直に言おう。無理だろ。
いやだってね、エリーさん小柄なのよ。ヤモ君のような肩乗りサイズではないにしろ、どう見たって100㎝ない。それがエリマキトカゲの一般的な大きさとはいえ、子供身長なエリーを戦いに出すとか、それどんな虐待?
難しい顔をする私に、大体は想像がつくのだろう。ヤモ君は私の肩から指示を出した。
『エリー、そこの木箱壊してほしいの』
『ははは、お安いご用ですよ』
エリーさんは何の気負いもなく木箱を……というか中身の武器ごと瓦割りをした。
え、あの、何で剣の刃の部分をまとめて何本も真っ二つに折ってんの? その細い腕で破壊神かよ!
爬虫類兵器入手しました。
*****
オルディランside
「居たか!?」
『居ない! だが一緒にいたと思われるリリーアリスはいた!』
『何でコイツだけ!?』
『どこに居たんだ!?』
『陥没した床の側で呆然と座り込んでた!』
「意味が分からんが分かった! 事情を知ってるだろうから絞め上げて吐かそう!」
『待て、先にアレを!』
「! あああこんな時こそアレか! 牢屋に行って……いやその前に魔法院からマッド数人を連れて来ないと!」
『落ち着いて主! 失敗するとその分人の命は減るわ! まぁ正直ヒナゲシの命以外どうっっでもいいけど、向こうに送り込む人手が減ったら困るでしょ!』
精霊様と国王が怒鳴り合うように不穏な話をしている。
割とゲスいことをする気のようですよ?
*****
ヒナゲシside
「戦力があっても現状は打開出来なかった。まる」
穴蔵の出入り口を調べたら、寒風吹き荒ぶ銀世界が広がっていて、道も無かった。まずい、本気で遭難する。
寒いので穴蔵の中に逆戻り。どういう効果か知らないが、白い石畳のあるところを中心に室内温度の調整がされているようだった。寒いには変わらないんだがな!
「やべー……眠い」
木箱を調べ尽くしてどれも武器だと実のないことをし、腰を落ち着けたところで一気に来る睡魔。ヤバい、確実に寝たら死ぬフラグだわこれ。
『ヒナゲシ殿、わたくしが起こしましょうか?』
「…………」
いい笑顔(何で分かってしまうのか自分でもよく分からない)で拳を握るエリーさん(善意)に殺されるフラグも立っている。
*****
オルディランside
「今からお前たちを牢屋から出す! 以前持ち掛けた取引の件だ」
罪人の中でも特別な措置を取っている対象がいる部屋に、オースティンが踏み込む。
室内にいた一団は代表者である男をチラリと見る。
それはとても危険な賭け。自分たちの命を賭けた、失敗は即死に繋がる決断。
それでも、彼らは他に選択肢はなかった。
「ふふふ理論上は可能な魔法の実践、楽しみ楽しみ」
命を預けることになる魔法院の連中は、実際のところ牢に入っていた彼らの命など塵芥程度に思っているのだろう。
魔力を多めに有し、その技術の研鑽に邁進するマッド。ヒナゲシが来てからは刺激もあって、とても楽しい研究の日々を過ごしている。まだまだ知りたいこともやりたいことも見たいこともある彼らは、ヒナゲシを取り戻すことに執着する。
狂った王に狂った魔法使いたち。それを止めない周囲の人間も狂っているのだろう。人への強過ぎる好意は人を狂わせるものだから。
マッド扱いされた魔法院に属する者たちが牢屋に入っていた男たちに施すのは、運命の片道切符。
ヒナゲシが行き先不明のどこかへ連れ去られた時、戦力として送りつけるだけの存在。
行き先が分からないという危険、帰還を含まれないという危険、ヒナゲシを助ける為だけの転移である理不尽、更にはヒナゲシを何がなんでも助けなければいけないという命を賭けたパシリ。
人権無視の魔法がこれから罪人たちに施されるわけだ。
だがオースティンたちは自分が行きたかったと心から思っている。危険を犯してもヒナゲシは大切な存在だから。
しかし狸のスタンド使いと呼ばれる宰相がそんな刹那的な解決法を選ぶ筈もなく、丈夫そうな罪人を使えばヨシとこれまた緑の血を証明する鬼畜アドバイスを寄越し、こうなった次第だ。
ただし取引であるので、罪人にもメリットは当然ながらある。
最悪最低の条件を突き付けられた丈夫な彼らというのは、森で空飛ぶ船ごと捕まえられた盗賊たち。
ガートンを誘拐しようとした連中だが、国に顔を見せた犯罪者だからこそ罪の取り消しは大きい。
彼らにとっての宝とも言える船の返還も付く。どのみち首ちょんぱが決まってるなら危険な賭けを楽しもうというのが結論だった。
「行こう、俺を笑わせた少女を助けに。これも何かの縁だろうからな」
唯一彼女と言葉を交わした青年が、くつりと笑む。
どういうわけか、記憶に鮮烈に残っていた黒の少女。
特別美しくもないのに面白い、そう思わせる何かがあった。
この時点ではオルディランの彼らは、ヒナゲシが一騎当千以上の戦力を持つ新しい召喚魔を得たことは知らないのだった。
一区切りするまで書ききろうと思ったものの、明日も仕事があるため一旦区切ります。次話も同時進行2かな?