勇者のアイデンティティー
何か仕事下さい。
涙ぐんでいる状態がデフォルト化しそうなので、慌ててヒナコを思い浮かべた。
整った顔の作りに、理想的な等身。疚しさの欠片もない笑顔に、周りに集まる村人。その輪に入れない、入ってはいけないヒナゲシ──
一気にナーバスになった。ごめん、生きててマジごめん。オゥフ。
浮ついた気持ちがあっけなく沈静化され、表情も元落ち着いたものに変わる。それはヒナゲシにとって馴染んだ自分自身に相違ない本性だったが、その顔を見た三人──この異世界で出会ったとても親切な人たちは珍妙な顔をした。泣いたカラスがもう笑った、というところだろうか。すみません、お騒がせしました。いつもはこんな迷惑な子じゃないんで許して下さい。
さぁ心機一転! 昨日今日の弱虫ヘタレヒナゲシはなかったことにして、この世界の人たちに報いるべく、働きますよっ!
キリッと表情を引き締め、Lv1でも勇者らしく見えるように装う。
ここの住人の困りごとは何であろうか? やっぱり魔族に襲われてるとかそういうの? うむ、体力に自信は皆無だが、馬車馬のごとく働く気は満々である。任せろ!
頼り甲斐のある微笑みをイメージし、ヒナゲシは言う。
「魔族討伐に行きます!」
ここでの地位確保のために。
端的に言うと、断られた。というか怒られた。意思の疎通を端折りすぎたかもしれない。
そういえば召喚はされたが、この世界の説明やレベルアップ法を聞いていない。ぬかった。
あれ、そもそも喚び出されたのは神殿とかじゃなくて人様のリラックスルームだっけ? うん? 向こうで本を開いて異世界に喚ばれるわけだから、向こう側が扉を開いてることになるのだろうか? あれ、召喚は?
「???」
こちらが魔法陣とか何かそういうファンタジックな儀式を行い、あちら側にいた選ばれし勇者がどどーん! と不可思議な力に導かれ、世界を渡るのだと思っていたのだが──それだとどこに本を開く必要性が出てくるのだろう。あれ?
私、勇者だよね??