神の国の皇女
始めの記憶は『違う』と残念そうに言われたこと。
大人の膝くらいまでしか背がない自分に、大人たちは言ったのだ。
残酷に。正直に。
「どういうことだ? 最初の子どもは神の祝福を受ける筈ではなかったのか!」
「王妃の不貞を疑ったが、性交は間違いなく目の前で行われた。その後膣栓をしていた以上、不貞であるとは思えない!」
「では皇女のこれは何だと? このままではこの国から神は去ったと言われかねないぞ!」
喧々諤々と話す彼らは、自分の父の配下だ。だが、彼らは誰一人私を敬う様子などなく、挙句これ呼ばわり。幼心に傷をつけられた。
何より語気の強さが恐ろしかった。子どもだったのだ。この時はまだ。
「こうなっては皇女を隠す他ない」
「ああ。誰も目につかぬ場所へ。万が一にも見られることなきよう」
「塔へ。こくろうへ──」
こくろう、とは黒楼のこと。別名を黒牢という。
「おとうさま! おかあさまっ! どうして!? どうしてわたしがとじこめらるの!? だしてっ! だしてよぉー!!」
その日は一日中金切り声で叫んだ。それまで皇女と褒めそやされて育っていたし、人に跪かれるのが当たり前だったのだ。まさか自分の非なく牢屋も同然の場所に投獄されるとは思いもよらなかった。
泣いて、泣いて、泣いて。
痛みで声が出せなくなるまで助けを求めた。
でも、誰も来てくれなかった。私の声を聞いてくれる者はなかった。
何故? 私が何をしたと?
していない。いつも通りに過ごし、皇女として生きていただけだ。
変わったのは周りだった。手のひらを返したように私を迫害したのだ。
呪った。衣食住は保障されていたしメイドもいたけれど、自由であった皇女としての自分は奪われた。非のない子どもだった自分を閉じ込めて!
数年経ち、ようやく真相を知った。我が国が我が国で在るための王族に課せられた鎖を。"神"と繋げられた自分たち王族の祝福という名の呪いを。
「あなたが僕のお姉様ですか?」
黒楼から出された私を待っていたのは、私のすぐ後に生まれた皇子だった。私も大して気にかけていた存在ではなかったが、その純粋な質問に心が抉られる想いを味わった。
私が無くした時間、こいつは皇子として何不自由なく生きていたのだ。こんな無邪気な笑顔を浮かべて……。
憎しみを抱くのにこれ以上の理由があろうか?
ヘドロのような憎しみの感情に、私は胸を抑えた。どれだけ掬い出そうと取り除けない絶対的な怒りと憎しみ。行き場のなかった悲しみがようやく出口を見つけたように。私は、私は。
暗く重たいそれに、息すら奪われていた私はニッコリとそれが告げた言葉を理解出来なかった。
「オルディランに行かれるのですよね! とても素晴らしい国だと聞きました! 羨ましいですっ」
──オルディラン。
虚を突かれたその言葉に、黒楼で受けた授業に出た知識と重なった。
我がアルスール国から"神"を奪った憎き国。
そんな国へ? 誰が? 私が?
聞いていない事実と自分の処遇を思えば、国が私に求めている事実はただ一つ。
──人質。
その言葉がストンと落ちてきた時、気が狂ったかのように笑いが出た。
「お、お姉様?」
目をぱちぱちさせて驚いている弟も笑える。私にとってこいつは幸せの塊にしか見えない。それも私の幸せを根こそぎ奪って得たような笑顔に、微笑み返せる筈もあろうか?
「ふ、あは、あははははは、ははは」
皇女の私が人質として敵国に売られる!
笑えるじゃないの。まさに悲劇の物語! いつの間にか私は物語のヒロインになっていたようだ。
なりたくてなったわけじゃない、お可哀想な姫君!
自分の役割を確かに認識し、私は理不尽な世界の流れに乗ったのだ。
悲劇のヒロインの自分を憐れみながら。
オルディランへと向かう途中で、皇女である私の不遇を哀れんだ随従たちに聞いた。
アルスール国に伝わる神の祝福のことを。
王族の第一子に顕れるという祝福の証が私には顕れなかったことを。第二子であるリリーアリスに顕れたことを。
私が国の体面で隠されていたということを。
「…………」
話を聞き終えて、小窓から見える外を眺めた。私が皇女として支配するはずだった土地が流れていく。水が上から下へ流れ落ちていくように、私から弟へと。
オルディランは周辺国と共にアルスール神国から神を奪い、アルスール国へと堕とした。神の繋がりのある国なのに、天上の国から地上へと引きずり堕としたのだ。
アルスールの"神"はまだ王族と繋がっている。それが皇子にある。誰もがリリーアリスに期待している。私が受ける筈だった恩寵を求めて……。
オースティンが神とついた国名を無理やり変えさせました。アルスールは国力の差で抗えなかった形です。理由は「プライド馬鹿高いからウゼェ!」オースティンに追従している精霊たちが何もしなかったのは、彼ら自身が神を信じていないから、です。