昼下がりの情事
つ、と長いその指が衣服越しの肌を撫でた。
ビクン、と揺れる体がおかしくて、ますます悪戯心に火がつく。相手を好きにしているという高揚感が体を熱くした。
「ここが好いの?」
「っ!」
近付いた耳を齧るように囁くと、羞恥に身を震わせるのがわかる。何しろゼロ距離。壁に獲物を追い詰めたのは自分のこの体なのだから。
小動物のように怯える様が愛らしい。肉食獣を前にしたような無力なその姿。ああ、もっともっと泣かせたい。小柄でまだ薄いその体を追い詰める。
「やっ!」
「ふふっ」
がくがくと震えるその両足の間に右足を差し入れた。壁に縫い付けられたようなその姿に欲情する。両の腕は既に自分の手に囚われている。至近距離で舌舐めずりをする顔から逃れたくて、獲物は顔を背けて助けを求めた。震えるまつげを涙で濡らして。
「だ、誰か──!」
馬鹿な子。ここがどこだと思ってるの? 陽も当たらぬ、倉庫ばかりのどん詰まりのこの廊下で助けなんて。そう思っていたのに。
「ええー……」
肩に奇妙な生き物を乗せた少女が、困ったように視線を彷徨わせていた。
どうしよう。ヒナゲシは目撃してしまった上に相手にバレてしまい、挙動不審に誤魔化そうとした。
「あ、あの、偶然迷い込んじゃって」
「…………」
壁に折り重なるようにくっついている二人は、明らかに知人・友人の距離ではない。恋人かと思えば片方が明らかに助けを求めており、迫っている方は明らかに人間の急所に触れている。
──これ、明らかに情事中だよな? 無理矢理? それともプレイ?
わかるわけがない、ヒナゲシはレベル1なのだから(魔導師レベルは上がったと思うけどね!)
右に回れをすべきか悩んでいると、肉食獣に襲われていた小動物が脱げかけた服をそのままに、ヒナゲシに突撃をかました。
ドカッ!
うぐ、と腹にキマった一撃に悶絶していると、ぷるぷると震える体で必死にしがみつく。明らかに頼られていた。
「た、助けて下さい黒の君! お、お願いします……!」
脱げかけの服を抑える指も声も震えている。哀れだ、哀れだが君の体当たりが思わぬところに入ってね……!
おおおおお、と痛みに呻いていると、肩に乗ったヤモ君がその身に纏う魔力を使ってくれたようだ。
『もう大丈夫なの』
召喚魔というのは魔導師の救急箱代わりにもなるらしく、こういう時の応急処置もお手の物。じんじんしていた腹に違和感もなくなり、ほっと一息ついた。
「ありがと、ヤモ君」
『どういたしましてなの』
ちょん、とぺったんこな頭部を撫でて、相変わらずしがみついている小動物に向き直る。
「あの、大丈夫?」
ふるふると首を振る姿に完全にセクハラ犯罪と認識した。城中で強姦とか、マジか。
脱がした側は大した服の乱れはない。着衣プレイか。やめろよ、ここ人が来なさそうとはいえ公共の場だぞ。
ただおそらく。貴族の服だったから、権威に任せての狼藉だろうと想像がついた。
「ご、強姦は犯罪ですよー」
今にも子兎を食べんとしていた狼が、ちっと盛大に舌打ちする。顔が引きつった。見た目に反してヤクザだ。初犯ではないのか。
「とりあえずこの子は保護します。もう手は出さないで下さいね」
この城の中でヒナゲシは異世界から来た人間と知られている。バックにオースティンとクリスがいることも。虎の威を借る狐だが、仕方ない。相手は獰猛な肉食なんだから。
カツカツと苛立ちそのままを反映した靴音が去っていく。こちらがその牙にかかることはないと被害者を見て判断したが、食ってかかられなくて本当に良かった。だってリリアルさんに本気で懲りていたのだ。
──貴族女性はおっかない。
襲ってきた相手が居なくなり、細く息を吐いた少年に一応確認する。
「ホンットーに襲われてたんだよね?」
「は、は、はいっ!」
「…………」
何だろな。肉食化していた貴族女性の気持ちがわかる気がする。
潤む大きな瞳。化粧もしてないのに赤い頬。艶やかに濡れた唇。まだ未成熟な少年らしく、薄い体に華奢な首。
何だこれ、少年じゃなく姫じゃね?
廊下の向こうに消えて行く姿は、この国の貴族女性が着るボリュームのあるドレス。ヒールの高い靴が甲高い音を響かせて離れて行く。肩を怒らせて歩く背中は間違いなく獲物を奪われて怒っている。本当なら彼女の欲望のままにこの少年は喰われていたのだろう。肉食怖い。
「えと、これから気をつけて。たまにああいう嗜好の人もいるみたいだから──ええと、とにかく気をつけて」
君、ドSに狙われそうだから。特殊嗜好な男性女性に人気そうだからね! 気をつけて! 貞操!
じゃっと手を振って颯爽とヒナゲシは去った。肉食怖い、ドS怖い、と呟きながら。
なのに何故子兎はここに居るのでしょう。
ぷるっぷる震えてた子兎もとい少年は、どうしてだかヒナゲシについてきた。そしてナチュラルにリーゼシアさんの部屋に居る。何でだ。
『また妙なもの拾ってきた……』
背後で誰かがぼそっと呟いたが、私は何もしていない。むしろ犯罪を未然に防止したと思うのだが、あれは私が間違っていたのか。目の前の少年を見捨てれば良かったのか。
肩のヤモ君はゆーらゆらと体を左右に揺らしている。慣れたのか誰も騒ごうとはしない。え? 慣れるって何?
「あ、あの黒の君、助けて下さってありがとうございましたっ」
ぺこんと頭を下げた少年は、別に悪意や裏がありそうな様子はない。ただ望んでもないのに勝手についてきたのは何でだろうとは思ったが。
「いや、気にしないで」
目の前でハァハァアハンウフンが始まっても気まずかったし。
『ヒナゲシ、助けたって何だ?』
「えーっと」
ちっこい精霊には言いづらい。目が泳いだ。
「ヒナゲシ様のおかげで、僕の貞操は守られました!」
「ちょっと落ち着こうか」
少年、公に言っていいことと悪いことがある。せめて子精霊の前では控えてくれまいか。
「あんなところで僕の初めてが奪われるなんて……やっぱり初めては好きな方とがいいですし!」
「うん、黙ろう。君の話は昼日中にするものじゃない」
「○○な部分を強引に○されて感じさせようと指で○○○なことをされるし、僕だって耐えようと思ったんですけどやっぱり百戦錬磨の指には勝てなくて、○○になってアッて思ったんですけど足もガクガクって震えてきましたし僕の○○○○も」
「はい、ストーップ!」
スパーン!
作りたてのハリセンではたいた私を許して欲しい。これ以上は駄目だと思ったんだ。マジで。
精霊たちがびっくりキョトンとしているよ。どうかそのままでいてくれ。
「ひ、ヒナゲシ様っ??」
「あのね。さっきのこと詳しく話さなくっていいから。んな主観だらけの官能小説ばりの説明いらんから。どうして貴族の女の人に襲われてたかなんて、私どうでもいいから」
シュンとする子兎に嫌な予感しかしない。微妙にヒナコが重なるのだ。招いてもいないのに部屋に入ってきたり、周りの空気を読まないでくっちゃべったり。出来れば関わりたくないのですよ。
「そんな……僕、ヒナゲシ様になら童貞を捧げてもいいと思ったのに──!」
「ぅおい!」
ズバシッ!
誰がお前の童貞が欲しいと言った!? 何言っちゃってんのこの子兎は!!
「要らねぇよ! 君何言っちゃってんの!? ねぇ何言っちゃってんの!? 普通そんなこと言う? 草食系男子に見せかけた肉食かよ!?」
「そんな! 僕は草食です! ヒナゲシ様に骨の髄までしゃぶり尽くされたい草食です!!」
「だああっ! 何言っちゃってんのこの子ぉおおお!」
話が全く通じなくて頭をかきむしった。ヒナコ再来! KYが一番大っ嫌いなんだ私は!!
イライラと怒鳴り合っていると、扉が開いた。
「あら?」
「あ……リーゼシアさん。おかえり」
この部屋の主であるリーゼシアさんが帰ってきて、少年に目を止めた。疲れたようにヒナゲシは出迎える。荒んだ私を癒して。
「まぁ、ヒナゲシったら。甘えん坊さん」
「えへへ」
きゅうと抱きしめあって、柔らかお胸でパワーを充填。ふっふ、リーゼシアさんパワーですよ。
百合百合していると、腰に衝撃が。
「どぅふっ」
何とも言いようのない悲鳴が漏れた。
「酷いですヒナゲシ様! 僕の体はヒナゲシ様だけしか受け付けなくなっているのに、ヒナゲシ様は浮気して!」
「だ、誰がじゃ……ぐえっ」
背後から抱きつかれ、内臓が口から出そうになった。
こ、腰が! 虎雄の雷撃が食らったみたいな衝撃なんですけど!
『 ヒナゲシ、大丈夫なの?』
肩にへばりついている扁平なヤモリが、気遣わしげに様子を伺う。同時に救急箱の役目を果たしてくれたのか、ビリビリ逝ってた腰の痛みが消失した。
「あ、ありがと……ゔー、離れろ肉食兎ィ」
「ヤ・で・すぅううううう」
本当に厄介なものを拾ってしまった。身長ほぼ同じな少年が、力の限りにウエストを絞りにくる。いてぇっつってんだろ!
「あの……ひょっとしたらリリーアリス様ではありませんか? アルスール国の」
は???
「リリーアリス?」
「やだ、ヒナゲシ様はア・リ・スって呼んで下さい!」
ぞわっときた。
「遊学にオルディランに来させて頂いたんですよ! 姉さんも居ますしちょっとだけならいいって! なので堂々とヒナゲシ様に抱きつけます!」
「意味わからんわこらぁあああ」
ぎゅうぎゅうぐりぐりぐり〜と頭突きまでお見舞いされ、無自覚DVだと思った。
とりあえず召喚直後にヤモ君大活躍です。
15禁少年登場です。
大丈夫、伏せ字という伝家の宝刀がある。