とある従僕の談
オーレン・リッターの幼馴染兼親友のセドリック視点です。
前略、母上様。
亡命した息子に裏切られたと、売国奴だとお嘆きのことでしょう。いえ、そんな息子だからこそ、既に殺されているかもしれませんね。ですが今は無き国に固執していた貴女のこと、地縛霊となり彼の地に留まり続けているかもしれませんが。
血の繋がった身内として、生存を確かめ、必要なら保護すべきかもしれないのですが──今はもうオルディランの騎士。この身に彫った忠誠の証を嫌悪し、貴女は差し伸べる手を取らないでしょうね。
ですが安心して下さい。貴女が唯一絶対だと信じた王族のオーレン第五王子と私は共にいます。ガルトランド大国王族の生き残り──オーレン様と。
まぁ、ただ一人生き残ったのは国を売ったオーレン様のせいなんですがね。
幼い第五王子がたった一人の従僕と共に国に反旗を翻したなど、誰が信じるでしょうか? きっと元ガルトランド大国の国民は、わけがわからないままオルディランに従っているのでしょう。それでも内乱の一つも起きないのは、誰しもガルトランドの王族に愛想を尽かしていたから。貴女のような狂信者には理解出来ないこと。
オーレン様のように実の親の首を取れば良かったかな、と思う程度には自分もガルトランドに情はありません。
オーレン様と共に過酷で理不尽な思いを重ねた日々。身体能力は磨かれたものの、情緒面では著しく教育を間違ったのだと私たちは証明して見せました。そしてオルディランに来て、今ようやっと人間らしい感情が生まれています。特にオーレン様は王族特有の冷酷さが見当たらぬほど日々を生き生きと過ごしておいでです。自分もそんなオーレン様にツッコミを入れる日々──ごほっ、かつての主従関係を見失うほどの仲の良さで新たな人生を歩んでおります。
「セドリック?」
コンコン、と扉を叩いた後に話題の人物が入って来た。
「ん? どうしたの?」
「いや、珍しくお前が机に向かっているから……手紙か?」
亡命し、既に故国は地図上から消えた俺たちに手紙を届ける相手など居ない。オーレンが妙な顔をしているのはそのためだろう。
「ああ、手紙に書いてるけど日記。母に近況報告でもと思ってね」
「あの妖怪か」
おーい、オーレン。その息子に何てこと言うんだ。
「まぁ、確かにあの執着は気持ち悪いものだったけどね。今は生きてるか死んでるかすらわかんないし……やっぱ殺しとけば良かったかな」
ぼそっとこぼした言葉に大した反応はない。何せ国王の父を文字通り一刀両断した奴だ。母国の英才教育で相当数殺している。一人も百人も同じ。
「生きてるかも、っていうのが落ち着かないんだよねぇ……自分で殺ってたらこんな気持ちにならなかったのに」
「あれだけ周囲に無体を強いた老害だったんだ。俺たちが発った後にすぐ殺されたんじゃないか?」
「それもそっか」
明日の天気を話すように人の生死を語る俺たちはやはり冷酷な性質を消せないままなのだろう。それでも変わったのだとかつての自分ではないのだと言いたい。
「今日はヒナゲシに会える日だ」
「……追いかけ回すのは無しね」
「愛情表現だ」
「違うから。ストーカーだから」
「愛おしすぎて、足が止まらなくなるんだ」
「うん、それ間違ってる。ヒナゲシ様涙目だから」
「うるうる見つめられると下半身が熱くほてるんだ」
「頬なら良かったのにね。君の言葉で初恋が台無しだよ」
かつてこの国に敵対した国の王族だというのに、オースティンは何を思ってか自分たちを許し受け入れた。それだけでは信用するには足りない上に単純な国王ではないと知っているが、ガルトランドに居場所のなかった自分たちを受け入れてもらった恩義は感じている。それに今のオースティンは敬意を表したくなるくらいには身近に感じられる。
ちら、と隣の親友を見れば未だ黒猫ちゃんへの愛を滔々と語っていた。そのどれもがアブノーマル路線だが、かつて血に塗れていた姿からは想像もつかないほど明るくなった。
ヒナゲシ様、あなたはとんでもない御方だ。
ヒナゲシが来る前から居たので、彼女の存在感がよくわかる。
復興は粗方済んでいたものの、暗い雰囲気を漂わせていた城内。それがどうだ、今じゃ精霊と共に明るい笑い声が響き、女官がつられたように微笑みを浮かべ通り過ぎていく。
彼女が騎士たちの元へ現れてからは、自分たちと他の者たちとの溝もすっかり埋め尽くされてしまった。……居場所、だと思っている自分がいる。信じ過ぎることは危険だと経験則から知っているのに、それでも信じたいと願う気持ちが生まれている。
オーレンもそんな気持ちでいるのだろうか? この国に来てから一人も殺していないことに気付いているだろうか?
「捕まえて連れ帰ろう、そうしよう」
「それ、犯罪」
スパーン! とオーレンを殴り倒したのはヒナゲシ様直々のプレゼント。
折り畳んだそれは、音の割に軽傷で済む。ハリセン、というらしい。
「む、それは?」
「ヒナゲシ様からもらった」
「ずるい!」
ヒナゲシ様が関わると子供っぽくなるのが情けないが、まともな幼少時代を過ごせなかったので良いのかもしれない。自分も王族相手に殴りつけるなどかつては想像もつかなかった。
「ヒナゲシに言ってもらってくる!」
「ボケ倒すお前には必要ない」
スパーン!
今日もオルディラン城内にはハリセンの音が響いている。
セドリックとオーレン・リッターはガルトランド大国から亡命してきた人間です。オーレンはガルトランドの第五王子で、母国を裏切りオルディランに国を売りました。オースティンは全てを知った上で騎士見習いとして騎士団に所属させています。
セドリックはノーマルで暴走しがちなオーレンを止めてくれる存在のため、ヒナゲシの好感度は高め。ボケツッコミしてるようにしか見えないので、ハリセン作って渡しちゃいました。