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ヒナゲシの華  作者: 水無月奎
本編
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とある従姉妹の談

 あたしのルーツ(血縁)は、全てこの村にあります。

 母がいて父がいて、そのまた両親がいて、その両親の兄弟姉妹もこの村で生活をしています。そしてその子供たちも。あたし自身もこの村を出る事なく、他県から移り住んできた人と一緒になって、彼と共にここに住んでいました。

 それでも彼の都合でこの村を出る事になって、子供を二人産み育てながらも時折この村に戻って来たりという生活を送ってきました。子供たちも転校を繰り返して大変だったかもしれませんが、他の土地を見て回ってそれなりに楽しい生活を送ることが出来ました。

 ある時、とても不思議なことに遭遇しました。それはあたしたち家族に直接関わることではなく、母の弟さんのご家族、あたしの従姉妹に該当する子が一人、いなくなったと言うんです。まるで神隠しにあったというように。

 それはいつものように仲良く親戚筋が集まった時に聞いたことで、あたしはびっくりして何度か訊き返してしまいました。誰が? え、あの子が? 本当に?

 彼女を知る親戚として、彼女の素行を思い浮かべてとても不思議に思ったからなんです。だって彼女はまだ十代、いえまだ中学二年生ということでしたから。まだ中学の修学旅行も行っていないというのに、この村の外へたった一人で行けるものなのか?

 あたしも外の世界へ行くきっかけは旦那という心強い存在がいたからで、この村で育つと隣村もとても遠く感じるものなんです。それなのにあの子が? たった一人で? この村を出て行ったというのでしょうか??


「おかーさんっ」

「はいはい、おばあちゃんをあまり困らせちゃ駄目よ?」

「はあい、わかってるもの」


 可愛らしいこの子たちがあたしの娘。とても仲の良い姉妹です。

 器量も良くて、転校先で必ず人気者になるような子なんですよ。あたしも母や祖母に可愛いと褒められて育ったので、身内ではちょっと自慢。

 その二人の様子に、ふとこの年頃だった二人の少女の姿が被りました。あたしがまだ独身だった頃に、小さな少女だった従姉妹たち。そして少し不思議な親戚関係。


 こう言うと変かもしれませんけど、その片割れの少女は異物と捉えられていました。あたし達と同じ血縁関係にあるというのに、とても際立って浮いていた存在。

 異物扱いしていたのは特に祖母でした。母の母、彼女にとったら父親の母。あたしの家の集まりではトップにある存在。うちの母はとても可愛がられていたので、当然あたし自身も可愛がられ、とても良好な関係を築けていたのですが。彼女を見る祖母の眼差しはとてもキツいものでした。

 たとえば親戚みんなで祖母の家に集まった時。ある時玄関で彼女だけが立ち呆けにされていたことがありました。


「は? あなた誰?」


 先に部屋に上がっていたあたしの耳に、こんな声が聴こえてきました。祖母のものです。


「孫? 知らないわ」


 当時とても不思議に思ったものです。何でおばあちゃんはそんなことを言ったのかしら? って。

 段差のある三和土の上で、靴を履いたまま立ち尽くす少女の姿がありました。彼女の両親と兄弟は既に玄関を上がっていて、二人のやり取りは誰もが耳に入っていた筈ですが、誰も気にすることはしませんでした。


「さあさ、お寿司でも頼みましょうか」


 くるりと彼女に背を向けた祖母は冗談にフォローすることもなく、部屋に戻ってきました。あたしの母はすぐに出前の紙を持って、みんなに希望を聞いています。あたしも話に加わろうとして、その前にちらりと玄関にいる彼女を見ました。


 玄関に上がることもなく、じっと立っていました。

 何故冗談に言い返さなかったのかしら? と不思議に思いはしたけれど、特にそれ以上何か思うこともなく。そのうち彼女も部屋に入ってくるだろうとあたしもお寿司の話にまざりました。


 従姉妹を訊かれた時、咄嗟にヒナコのことかなと判断して話すようになっていたので、それがあのヒナゲシと聞いて本当にびっくりしました。ヒナコでなくて良かった、と思わず本音を漏らす者もいました。

 思い出すのは何故か玄関に上がって来られないヒナゲシの姿。

 あの時、どんな顔をしていたのかしら? ふとそう思ったけれど、別に泣いてはなかったとだけしか思い出せません。泣いてなかったのだから別に問題はなかった筈なのに、この胸に釈然としないものがあるのは何故でしょうか?


「…………」


 すっかり言葉少なくなったヒナコの周りに、あたしの血縁者たちが集まっています。彼女のあの向日葵のような笑顔を取り戻すために。

 祖母だって、ほら。


「ヒナちゃん、ほら、あんたの好きなお寿司だよ。たくさんお食べなさいな」

「…………」


 あれだけ笑顔を振りまいて周りを明るくしていた子が、まるで電気が切れた蛍光灯のよう。その姿に胸が痛まずにはいられなくて当然でしょう。


「ほら、食べて。前のように笑ってちょうだい?」


 ただ、時々思うんです。この言葉は何故もう一人の従姉妹には向けられなかったのかしらって。

良心? もちろんありますけど何か?

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