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ヒナゲシの華  作者: 水無月奎
本編
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「ちょっと君、昨日言っておいた宿題は出来たの? 名前の刺繍案。【漢字】が書けるのは君しかいないんだから早くデザインに起こすよう言ったよね。まだ出来てないってどういうこと? 忙しい中わざわざこの部屋に足を運ばせておいて白紙? 一枚も完成してない? なめてるの馬鹿なの? この頭は寝たままなの?」

「……………………うぇっく」


 スタッフ募集をかけたところ、どういうわけか大学院と魔法院の首席が釣れた。片方は幼少時から政に関わっている神童で、もう片方は魔法のキャパが異様に大きな逸材。どちらも人材としては最高な筈だが、何かが違う。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「君のごめんなさいはもう聞き飽きたよ」


 ぶにぃと指でつままれた頬は餅の如く形を変える。うにうにうにと弄ばれ、情けなく伸びた目尻から心の汗が流れた。


 ──本当何なの、何なのこいつ。ヒナゲシは会社勤めに慣れたサラリーマンじゃないんだ。クリエイティブな才能だってないんだ。無茶言うなよ。お前の宿題は全部無理難題なんだよ。


「あ、反抗的な目。ヒナゲシのくせに」

「ふぎぃ!」


 水色のおねーさん達に押し付けられた化粧水やクリームで、ちょっと自慢になりつつあったほっぺたが、鬼畜なミリー・アロウにぐねぐねと弄ばれる。痛くはないが、お前面白がってるだろう。


 大体寝る直前に「明日までには描いときなよ」とか言って紙を何枚も渡されたって出来るもんか。もちろんすぐに寝たともさ。


「なーまいきー」

「むあうっ」


 もにもにもにもに。ぷにょっ。

 私のつやつやぷるるんなモチ肌が、ミリーによって蹂躙される。ばーかやろー。


「楽しそうだねぇ」


 のほほんとした声が割って入った。ここ数日ですっかり聞き慣れた声。


「義父さん」

「ヒナゲシ様とずいぶん仲良くなったね、ミリー」


 ミリーと同じくらい苦手なこの国の宰相。冷たく厳しい眼差しを向けていた表面だけ温和なおっさんは、私を何故か様付けで呼ぶ。怖い。


「ヒナゲシ様?」


 ニコッ。


 訂正、優しくて親切なおじさまです。背後に狸のスタンドが見えるけど。気のせいだよねきっと。


「淑女対象のハンカチーフは出来たのかい?」

「そっちはね、特に刺繍は入れないから。まぁ下賜する分には国の紋章を入れてもいいと思うけど、まずは国王のが先かな」

「ふむ。そっちはどうなってるんだい?」

「お針子もスタンバってるし後はデザインだけ。ねー? ヒーナーゲーシー」

「ひゃあうっ」


 親子の会話で蚊帳の外に出されていたヒナゲシが、唐突に引っ張り込まれた。ミリーのいたずらな指先で。


「しゅっ、しゅぐやりまひゅう」

「うん、急いで。僕も仕事の山で暇じゃないんだから。忙しい身なんだから。君だけの僕じゃないんだから」


 超 要 ら な い 。


 目が口以上に物を言った筈だが、ミリーには伝わらなかったようだ。


「……仕方ないから全然やる気がない君のためにご褒美を用意してあげる」

「へ」


 視線を外したミリーが、ぽっと頬を染めてこちらをチラ見する。え、なにこの子怖い。


「僕とデー」

「さあってっと、宿題すっか!」


 怖い単語が聞こえそうだったので全力で遮らせていただいた。

 怖い。怖いよこの人なんなのマジで。唐突に飛来するこのデレは一体。


「…………………………」


 バシンッ!


「いでっ!」


 背後から殴られました。

 見守っていた狸のスタンド使いが爆笑してました。


 ほんと何なの。キレる中学生かっ。






 ミリーに殴られ命じられたのは、国王以下数名のためのハンカチーフの刺繍デザインである。

 何であえて私かってーと、紋章作りに漢字を使うことになったんである。他国にゃ漢字の意味や連なりが意味不明で独特であることからこの国特有の紋章として使うってことらしい。

 でも問題が、何の漢字をあてるかってこと。国王なんてオースティンだよ? んな名前の日本人がいるわきゃないし、ティンとかどうすりゃいいわけ? 下手をすれば『象』なんてタトゥーをして『エレガント』って意味なんだぜ! などとはしゃぐ外国人ばりに可哀想なことをしかねない。


「うーんうーんうーん……あっ、そうか!」


 無理にオースティン全部を漢字に変換しようとしたのがいけない。一文字だけでも良いのなら、最適なものがあるではないか。


「うっし、オースティンはこれ。クリスはこんな感じ? 宰相さんはこれでー……」


 思考の迷路から抜け出したヒナゲシは妙に冴えていて、その後まだ不機嫌だったミリーに宿題を渡しに行ってまた殴られるのであった。




「いたーっ! え、何で? 何で今殴られたの私? 私デザイン画渡しに来ただけだよね!?」

「うるさいよヒナゲシ! ヒナゲシのどんかん! だからヒナゲシなんだよ君は!」

「あれ? 私の名前が悪口みたいになってない?」

「ばーかばーか! ヒナゲシのばーか!」


 いつもより低レベルな言葉攻めの背後で、宰相様は背後の狸と共に爆笑されているのでした。


 ──あれ? 今回私に非はあった?

最後まで言わせてあげて。

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