デレ
ない。ないわー。
意識が遠退きそうな中、その言葉だけがグルグルと回っている。
だってあまりにも予想と違うんだこの展開が。
ポスターを配って更にしどろもどろで説明して、見知らぬ人から「頑張れよ!」なあんて声をかけられるようにもなって。時々宰相さんに深すぎて全く読めない探りを入れられて肝を冷やしたりして。それでもどうにか今日がきて。
──すんません図に乗ってました私チート能力なかったんだヒナコみたくちやほやされるの標準装備なわけがなかったんだ!
「ちょっと、聞いてる? 聞いてないよね空中見てたし僕の目見ないし目が死んでるし。失礼だよねホント、この説明会開いたの君でしょ説明するんでしょ。さあほら早く説明してよ僕の時間を潰したいの?」
オラオラと言わんばかりの責め苦が、真横から。そう、パーソナルスペースというものをガン無視した真横から!
「ちょ、あの、ほんと勘弁して下さい……っ」
何で? どうして?
宰相さまが貸して下さった部屋は、大量の貴族を収容できる大部屋だ。
なのに何ゆえ小さな机を一つしか使わず、椅子を持ち寄って三人かたまって座ってるんでしょうか。この部屋には三人しかいないのですよ!
ヒナゲシの通っていた小学校も中学校も男女共学だったが、常に日陰者だった自分はこれほど側に近寄られたことはない。膝なんてくっついてるし、肩なんてぶつかり合うほどだ。この距離感のなさは一体。
左手側から怒涛の言葉攻めをされ、反射的に体が右側に傾く。すると無表情を貫いていたこれまた同じ面が、黙って肩を抱き寄せた。
──オイ。
「ちょっ、何してくれちゃってんですか」
「別に。………………抱いて欲しいのかと」
「言ってねぇえええええ」
そしてこんなやり取りをした後は。
グイッ!
「うわあっ!?」
「ちょっとラーゼハルト、何してるの君こんなのが趣味なわけ? よしときなよ悪評になるから」
どういう意味だ。
そしてどういう体勢だコラ。
強引に肩を掴まれ、顔を胸に押し付けられる。
抱き込まれたように見えるが、フルで言葉攻めを受けているヒナゲシには甘い展開に感じない。むしろ鼻を潰すためにやったのかと思った。
「………………言動に矛盾あり。お前こそ抱き締めてる」
「っ! こっ、これはヒナゲシが!」
私は何もやっちゃいねぇ。
「ちょっ、ちょっと早く離れなよね! いつまでくっついてるの、僕の趣味が疑われるでしょ!」
肩を掴んでいた指が、今度は引き剥がしにかかった。……テメェ。
「ごっ、誤解しないでよね! 今のはラーゼに迫られてた君を助けただけだから! 僕は紳士だからね、全然趣味じゃない君でも一応生物学上は女である君を助けないわけにはいかなかったんだよ!」
真っ赤になってぺらっぺら語るその口を接着剤で塞いでやりたい。
ここまで念入りに詰られたのは初めてですよ。怒っていいよね? むしろ慰謝料請求させろ!
「えー……1ミクロンたりとも誤解も自惚れもしていませんからご心配なく。とりあえず名前を教えていただけますか」
私は名すら知らなかった少年二人に振り回されていたわけである。これ以上オモチャにされてたまるか!
「俺の名は、ラーゼハルト・トーウォン…………そこのミリーとは、双子だ」
なるほど。言葉数の少ない(の割に変態な)右側の人は、よくしゃべるツンデレラボーイと兄弟だったのか。……バランス、悪いな。足して2で割れよ。
「僕はミリー・アロウ。双子だけど引き取られた家が違うからファミリーネームは違うよ」
「引き取られ……? ハッ!!」
今目の前に選択肢が出ていたような気がする! そして深く関わったらこの双子とどこまでも関わらなきゃいけないような……深くて底の見えない沼に片足突っ込む羽目になりそうな気がする! やばい私、全力で回避して!!
「いやっ、語らなくていいです、てか語らないで! 人には聞かれたくない事情ってもんがあるだろうしねっっ!!」
STOP回想シーン! と突き出した手のひらに、きょとんとした双子の反応が被る。美形だからちょっとときめいた!
「へぇ……」
「……ほう」
あれ? 何だか感心したように二人が見つめてるよ?
「大抵興味半分で聞いてくるもんなのに」
「だな………………ヒナゲシは、人を思いやれる優しさを持ってる」
あれっ? 二人揃って眼差しが柔らかくなったよ?
「…………協力しよう」
「は?」
「何ボケてんの、これから魔法を使った道具をいろいろ生み出していくんでしょ。その協力者がいるんでしょ?」
「うええ?」
「…………俺は、魔法院生だ」
「へ」
「僕は大学院生だよ。それも二人して首席の、ね」
「えっ」
息が止まった。ついでに心臓も。
さっきの棘っぷりが嘘のように、お茶目にウインクを飛ばしたミリー。
おかしいな、鏡合わせの美形に微笑まれて、ときめいて良い筈なのに。心臓が痛いよ。
……まるで内臓に蛇が絡みついたかのよう。
アハッ、少女漫画ヒロインなら頬染めるとこだよね、ここ!
「フフ……楽しみだな……」
「だね。僕たち二人が揃って何かやるなんてこともなかったし?」
「う、あ」
「感謝しなよね、僕の頭脳はこの国の宝だよ?」
「……ミリーにしては、珍しいな…………」
「そっちこそ、興味ないことには一切関わらないんじゃなかったの? ヒナゲシには僕がいるから、ラーゼは無理矢理付き合わなくてもいいよ」
「…………ふん。俺はもう決めた。ヒナゲシが良い」
「はうあっ」
「ラーゼもなの、面倒くさいな」
「ももも、もっ!?」
お願い、誰か教えて。
彼らは私の、ヒナゲシの理解できない事を言っている。そして展開が限りなく妖しく、いや怪しくなっている。
彼らの纏う空気も。
「──まぁいっか。退屈しなさそうだし」
「そう、だな…………」
「てなわけで」
くるり、と整った顔立ちが振り返る。
ぎくり、と体が跳ねたが二本の腕が逃げる事を許してくれなくて。
「これからよろしくね、ひ、ヒナゲシ……っ」
ちょ、何で「恥ずかしいこと言っちゃった!」みたいに顔赤らめて視線そらすの!
「よろしく…………頼む。ヒナゲシ………………」
そして自然にセクハラかましてくるこいつはさわさわと二の腕を撫で上げてくるのであった。
上腕二頭筋が触りたいなら騎士団へ行け!!!
ややこしい双子ゲット。