お役立ち
夏がきた。異世界のこの場所にも。
「湿度がそれほどないのは救い……でも夏は夏。憎い」
エアコンなどない世界、死活問題になる食糧を守るための魔法はあっても対人間はない。というわけでヒナゲシは夏突入と同時に蛸のごとくぐんにゃり机にへばりついている。
「ヒナゲシのいらした世界にはこのような季節はなかったのですか?」
「いや、あったよ~。気温だけでなく湿度がめちゃくちゃ高くてね、常に汗だく!」
「まぁ。大変そうですわね」
だらしなく潰れているヒナゲシを糾弾しないリーゼシアさんは本当に優しい。基本きっちり着こなすお国柄らしいので、着崩せない彼女たちの方が絶対つらいのに。女官さんもリーゼシアさんも汗をかきつつ笑顔のまんま。慣れですか? 女の誇りですか? まじパネェよこの国の人たち。
「どうぞ、ヒナゲシ」
コトンと机に置かれたグラスには、見た目にも涼やかなアイスティー。信じられないことに紅茶をお冷やで飲むという習慣がなかったらしく、仰天したヒナゲシにより強引に広めさせていただいた。
いくら女のど根性で爽やかに見せかけていても、暑いものは暑い。特に貴族女性は手袋もするし豪奢に見せるため重ね着もする。そこで更にアッツアツの茶である。男性陣は冷えたワインが許されてるらしいけど、女性同士の茶会は紅茶が基本。公式な場での茶会も男女関係なくホットティーが出されるとかで、何なの? アホなの? と私は驚いた。開催されてもいない耐久レースに参戦するのが上流階級なんでしょうか。「暑い日には冷たいものを飲めばいいじゃない」と言い放ち、水出し紅茶を提供したヒナゲシは異質に見えただろう。んでも爆発的に広まったところを見ると、体面そっちのけでアイスティーがウケたと見える。まぁ当然だわな。
お貴族様たちはそれで喜んだでしょうが、ヒナゲシは違う。室内では冷房をつけてアイスバーを食ってた日本人だ。梅雨がなく湿度もそれほどじゃないにしても、体感気温はごまかせない。死ぬ、と木製の机に張り付いた。
ばあんっ!
「ヒナゲシ! ただいま!」
とろけたヒナゲシをよそに、目に眩しい白の軍服を着たオースティンが帰ってきた。いや、この部屋リーゼシアさんのものなんだけどね。私が昼も夜も居座ってるから、クリスたちもこの部屋へ【帰って】来るようになったのだ。
「ふぅ……今日も暑かったな」
とか言って詰襟ゆるめながら私を膝上に持ってこようとするのはやめて頂けませんか、クリス。平熱あっちぃ!
ぺいっとクリスの手を払い凹む王位継承者を横目に、オースティンが人のアイスティーを一気飲みした。何しやがる。
「あー、生き返る。ヒナゲシがアイスティー提案してくれて良かったよ、マジで。執務の合間にホット、会議の最中もホット、来客あってもホットなんだもんなー」
それをエアコン無しの部屋でですか。どんな我慢大会?
本当は歴史や体面に異様に重きを置く人たちもいて、反発の声も上がっていたらしい。別に拒否られて大会続行でもヒナゲシは一向に構わないが、多くの人がヒナゲシのアイスティー(って何じゃそら。私が開発したもんじゃねぇぞコラ)を支持してくれたみたい。ヒナゲシ自身を認めていない人たちも、夏場にアイスティーは合理的であるとか何とか。ちょ、合理的も何もないがな、好きな時に好きなもの飲めばいいじゃないと私は突っ込んだが、それが出来ないのが上位貴族なんだそう。不便ですね。
「うちの連中みーんな感謝してたぞー。お礼したいって言ってた奴もいたな」
え、何それこんなところで好感度アップ? ちょろいなカースト上位!
魔法という便利なものがあるのに、イマイチ生活に活かされてないと思うのは、生活水準が高い日本にいたからこそだろうか?
魔法院がここで更に先へと進化させないのが不思議だったが、この国の事情も絡むのかもしれない。その辺首突っ込めるほど優秀なおつむを持っていないのでスルーするとして、私は試しに作ってみた夏対策グッズを持って訓練所に向かっている。精霊も連れ歩いているので、私が立ち入ってはいけないと言われている場所は基本ない。というわけで、今日も思いつきで動くのである。
訓練所っていうのは騎士や見習い騎士たちがスキルアップを目指し様々な訓練を行っている場所で、非常に汗くさい場所である。そのため女性は立ち入らないと認識されているが、特にそんな命令は出していないとオースティンは言ってた。ので遠慮なく立ち入らせていただく。
学校の運動場より広く、設備も整っている。フェンスなんて発想がまだないのか、背の低い木の柵で囲われている。土の地面上で、彼らは木の棒で打ち合っていた。……え、棒? なぜ棒? そんな初期装備で訓練するもんなの? 騎士っぽく剣じゃなく?
外野でポカンとしている私は目立つだろう。何人か打ち合いを止めてこちらをきょとんと見つめている。練習の邪魔してごめんなさい。
彼らにかける第一声を迷っていると、忘れてはいなかった、いや忘れることなんて到底できない男が土煙りを上げて駆け寄ってきた。私目指して。
「俺の KO NE KO ~~~~~!!!!!」
「っ!!???」
ぎょっとしたのは私も騎士も同じ。もはや打ち合う音など途絶え、呆然と駆ける男を眺めている。
ひくっと顔が引きつったが、もちろん対策無しにここへ足を運ぶわけがない。虎雄と暁月を盾のように差し出した。
『ったく、諦めねぇヤローだなぁ、オイ?』
『根性がすごいよな、怒鳴られ拒否られ蔑まれても、ヒナゲシ追っかけて』
『オッサンも好きにしていいって言ってたしな、殺るか?』
「待て待て待て、こんな衆人環視の中殺るとか言うな、落ち着け、ただ近付かないようにしてくれりゃいいから!」
あれ、おかしいな? 精霊ってこんな凶暴な性格だったっけ? ああそっか、親精霊たちの教育の賜物でしたっけね、殺るとか言っちゃってんのは親御さんたちの影響ですね、そっかそっか、なるほどー……ってダメだからあああああ!
『『力の加減とかメンドくさい』』
二人揃ってナニ言っちゃってんの、いやむしろ逝っちゃってんの? お願い、会ったばかりの頃に戻って! チョコ貪り食ってたあの頃に!
「ダメ! 足止めのみ! 怪我も重いのはダメ!!」
『えー……』
『メンドクセー……』
え、何この本気でダルそうな目。ちょ、ほんまあの親精霊たちどんな調教してくれたんだ。奴らのテキストに慈愛の心の項目はなかったのか?
『まぁ、ヒナゲシが言うなら手加減……てかげん…………テカゲン……………………って何だっけ?』
『…………さあ?』
やべぇ、今日私は人を殺してしまうかもしれない。
『……あ、後腐れなく?』
『それだ!』
「ちげぇえええぇえええええ!!!」
そんなことを言ってる間にもう目の前に近づいている。うわっ、風圧でオールバックになった髪、彫りの深い顔立ちが丸見えてるが爛々と輝く目と上がりきった口角が超こえぇ。片手にはヒノキの棒。アカン、殺られる。
ストーカーに自室で出会った時の感覚だろうか。一瞬死をも観念した。のだが。
『うらああああああ消えろや変態いいいッ!!』
『おまえはもう死んでんだよおおおおッ!!』
ガガッ! ピシャーン!!
ボッ、ボボボボボー!!
耳をつんざく音と失明するほどの光が駆け、凄まじい風と地響きを体感した。
──って、オイ。
音が止み、両耳に当てていた手を離し目をそっと開くと、そこには……
『『イエーイ!』』
ハイタッチする赤黄のお子ちゃま精霊ズと、ぶすぶすと白煙を上げる黒い物体が転がっていました。
「それでヒナゲシ様、一体どのようなご用件で?」
「はい、暑い中訓練してる皆さんに、ちょっと試していただきたいものがあって」
「試す?」
「危ないものじゃなくて、魔法を付加したグッズなんですけど」
「ほう? そういえば、ヒナゲシ様は魔法がお得意とのことでしたな」
「えっ、いや、得意というわけでは……ただ元居た世界で当たり前に使ってたものを、魔法で作れないかなって思って」
ぱたぱたと手を振って否定すると、嫌味のない態度に笑う騎士多数。異世界の黒の少女に関心を寄せる者大多数。というわけで、ヒナゲシを囲むように座っている。
「ええと、まずはこれ……こうしてっと」
カバンから取り出したのは、何の変哲もないタオル、のわけがないんだな。ちょちょいっと水筒の水をかけましてー……
「はいっ、汗を拭いてみて下さい」
「ん? ふむ? 何だ、ただの手拭い──おっ!?」
ぎゅうっとしぼった布を広げ、パンと伸ばす。渡して拭いてもらったところ、髭もじゃな騎士さまが目を見開いた。周りで反応を伺う騎士さまたちが、何だ何だと騒ぎ出す。
「お──つ、冷たい!?」
「なにぃ!?」
一応国直属の騎士団ということで、彼らの置かれている生活環境は悪くはない。魔法という技術があることで、ヒナゲシには理解できないような現代日本に近い技術もある。が、複雑な機械の恩恵がほぼ皆無なこの国で、思い至っていない部分もあちこちにあったりする。室内の気温を一定に保つエアコンなどだ。
暑さに慣れている面もあるだろう。ただ、そのせいでもっと楽をしようとか楽できる筈だと思い至らないようなのだ。それに気付かされたのが例のアイスティー。
「おおおおお、手拭いが冷てぇーっ!」
「何っじゃこりゃああああ!!???」
はしゃいでいるようにしか見えないんだが、これも【ある】と知らない故の反応。ただの涼感タオルでスーパーなんかにゃ普通に売ってるもんなんだけどね。
タオル自体はこちらの国のものだ。ではどのように生まれ変わらせたのか? 効果の移植である。
ハンドタオルサイズの涼感タオルを持ってたので、形をコピーするのではなく性能をコピーしてみたんである。頑張った。
どうも私は通常魔法より禁術レベルの魔法の方が得意らしく、ガートン先生の目玉が飛び出るような魔法ばかりがたやすく会得できるらしい。こっそり勇者補正か? と睨んでいるのだけど、ここの人たちには理解できるものじゃないだろう。
涼感タオルの仕組みは魔法付加、とだけ説明している。禁術レベルの魔法を使ってますとか言ったら狙われそうなんで、あくまで基本的な魔法を複雑に組み合わせて──ということにしている。
始めは単に生活改善、自分も快適、周りにもお裾分け、的な発想だった。でもここで生活しているうちに、季節も代わり、触れ合う人も増え、何もしないで過ごすのはそれもまた危険なのではないかと思うようになった。
出来るということで狙い撃ちされる可能性もあろう。けど、役立たずの先入観も後々勇者行動を起こす際に不信に繋がるのでは──と考えたのだ。
ある程度の刺激も必要なのではないかと。小賢しくも考えて、オースティンやクリス、ガートン先生から合格点をいただいた。彼らの好意で精霊という守護はつけられたが、それに甘んじてるようなら周囲の不信の目はオースティンたちにも及ぶ。無能を税金で囲う理由は国民にはないのだ。デメリットはどちらにしても避けられない分、個人で益のある人間だと思われていた方がいいだろうとのこと。
「俺も使ってみたい!」
「あ、はいどうぞ」
ヒナゲシとの接触がないままに、妙な妄想に駆られ警戒されることも避けられる。このまま安穏と守られることにヒナゲシも納得しない。
「いかがですか?」
「サイコー!!!」
にっこり微笑みながら、心の中で好感度数を算盤で弾く。子供のヒナゲシがどこまでやれるかわからないが、日本で何もできず誰にも影響を与えられなかった二の舞にはしない。だってヒナゲシは、ここで生きていきたいのだから。
「ところで、ヒナゲシ様……」
「何か?」
「うちのオーレンが本っ当にすみません……」
「……………………(笑え、私!)」
輪の外に転がってる変態も自力で対処できるくらいの強い人間になりたい。