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ヒナゲシの華  作者: 水無月奎
本編
43/90

とある親友の談

今回は厨房で働く下働きさんのお話。

 ふんふんふん、とご機嫌な鼻歌が聴こえてきます。

 城の厨房で働かせてもらっている私は、三ヶ月前に辺境の村からやって来ました。偶然親の知り合いに城で働いてる人がいて、彼女に推薦してもらったのです。

 城で働くとお給金はとっても良いし、出会いも沢山なんですよ。良いことづくめですけど、ちょっと前はホームシックにかかってしまいました。やっぱり、人間関係とか都会はややこしいですしね。それに、実は……お城の雰囲気も、あまり良いものではなかったんです。


 沢山の野菜を抱えた私は、主に水洗いと皮剥きと簡単に切ることだけが許されています。後は食器を洗う係。手が赤くなってしまったりとあまり良いことはない役割ですが、地元ではもっと辛い仕事もありましたし、その割に私個人の収入にもならなかったので、脱落していく子がいるのが不思議なくらい。

 今日も今日とて、沢山の野菜の皮を剥きながら、最近変わった厨房の様子を伺います。


 先ほどの鼻歌は、リーゼシア様という第一貴族の方のものです。いつもは偉そうなマーサさんが厨房にいらっしゃることに戸惑っているのが笑えます……って、あ。これは失言でした。

 ええと、まぁ、貴族の蝶よ華よと育てられたご令嬢が厨房に入り浸るなんてことはありませんしね。でも、それだけでなく、リーゼシア様は特別な方だそうですから。その方が私たち下働きと肩を並べるなんて──と、ある程度年のいった人間は思うらしいですよ。


 リーゼシア様は困惑する厨房の人間を気にせず、自らナイフを握って果物を切り分けてらっしゃいます。

 ああ、あれはランラの実ですね。手のひらに乗る程度の大きさのオレンジ色の甘い実です。果肉もとろりとして冷やすと美味しいんですよ。


「ああ、今年のランラはとても美味しそうね。熟し具合といい色艶といい、最高だわ。ヒナゲシもとっても喜んでくれるでしょう」


 ぴくくっ、と厨房にいる全員の耳や肩が動きました。

 リーゼシア様の仰るヒナゲシ、という名前は、先日いきなり王の部屋に現れた黒髪の少女のことです。

 その正体は、何と、界を渡られた異世界の女の子だとか。

 貴族や魔法院の方、更には大学院の方にも大注目されているんですよ。黒髪だけでも珍しいのに、顔立ちも肌色も変わっているし、何より言動が突飛なんだって話題になってます。

 国王や次期王位継承者が身元引受人になってますし、国家の賓客と言ってもいい方なんですが、随分気安くてメイドや掃除夫にまで声を掛けるんです。それで悪く言う人もいますけど、変に偉ぶる人より余程感じが良いですよね。

 それに、リーゼシア様も……


 チラ見すると小さく可愛らしいスプーンを用意して、にこにこ笑っているのが見えました。とても綺麗な人なので、心臓が止まりそうです。ああ、男性陣は本当に止まったようですね。


「ここを使わせてもらってありがとう」


 思いもよらぬ礼の言葉に、マーサさんや他の人たちが仰け反ってます。あ、いけない、笑いが。

 うふふ、実は私知っているんです。彼女が感謝の言葉を口にするから、リーゼシア様もよく口にするようになったんだって。


「それから、夕食も楽しみにしています」


 にっこり、大輪の華を咲かせたように微笑み、綺麗な裾さばきでランラの盆を持ったリーゼシア様が退室する。途端に息を吹き返したかのように厨房にざわつきが戻った。


「びびびひっくりしたぁ~」

「まさ、まさかアタシ達にお礼言われるなんてね!」

「笑いかけられるなんて思わんかったよ!」


 一気に語り出すのは、リーゼシア様の様子や態度。実は、リーゼシア様って数日前までは笑ったところを見かけた人は誰もいなかったんですよ。


「はぁ、まるでディーポの華のようね。元々美しい方だったけど、笑顔が増え、感情豊かになられて……」

「ええ、ええ。最近は質素なドレスになられたというのに、以前と違い華がありますよね。丸くなられたというか」

「私どもに話し掛けることもなかったものね。冷たく、厳しい雰囲気を持ってらっしゃって」


 そう、さっきまでこの厨房で見せていた姿なんて、ありえないくらいギスギスした方だったんですよ。あ、これも聞かなかったことにして下さいね。今のリーゼシア様なら怒らないように思いますが、本来貴族への悪口や生意気な態度は死活問題に直結するんです。


 そんなリーゼシア様の様子から、次は何故お変わりになられたかって話に移ったみたいです。


「やはりヒナゲシ様がいらっしゃってからよね」

「だな。あの界を渡って来たとかいう……本当なのかね?」

「信じらんねーけども、あんな髪色見たことも聞いたこともねぇしなぁ」


 ざく。

 あ、いけない。皮を剥いていた筈が真っ二つに切り分けてしまいました。


「大学院の先生が言うことにゃ、ありえる話なんだろ?」

「そう言われてるけど、アタシらの頭にゃあ理解できっこないよ」

「よその国から来たってーことはないのかい?」

「あんな髪色いたらとっくに話題になってるだろう」

「そういやぁリリアル姫様が烏とか呼」


 タンッ!


「あ、失礼」


 ピーチクパーチクとさえずっていた小鳥たちのど真ん中に皮剥きナイフを突き立てると、ようやく鳴き止んだ。

 はぁ、今は仕事中ですよ。これだから永久雇用だと思い込んでる人は困ります。知り合いに告げ口しちゃおっかな。


「…………」

「烏って黒いだけの鳥ですが、スラングでもありますよね。主に馬鹿にする系の」

「…………」

「人を見下すことなく挨拶を交わし、労働を労ってくれる彼女が、何か恨まれるようなことをしましたかね?」

「…………」

「まるでお通夜状態の貴い方たちを変えたのは誰でしょうか?」


 まったく。自己で判断できない大人たちが多くて嫌になってしまいます。

 この図太い私がうんざりして村に帰りたくなったくらいの厨房の雰囲気が変わったのは、ヒナゲシという少女が来てから。誰が悪く思えると言うんでしょう。


 大量の皮を剥いたザルを渡し、パンと前掛けを払って立ち上がる。

 決まり悪げな大人たちを見ているのも不愉快ですし、やることはやってしまいましたし、少し休憩させてもらいましょう。


「手洗いに行かせて頂きますね」

「お、おお! 休憩もう行って良いぞ!」


 真偽の定かでない噂話に恥ずかしくなったのか、マーサおばさんを含めた上司が許可をくれたので部屋を出る。向かう先はトイレなどではない。


 トントン。

 重厚な扉を軽く叩くと、はぁいと中から声が答えた。

 らしくもなくホームシックにかかり、柱の影で膝を抱えていた私にかけた声と同じ。


「あ、モモー!」


 開けた瞬間満面の笑みで出迎えてくれた少女が呼んでくれたのは、愛称でつけてくれたこの世界には無い響き。

 これを知って尚疑うなんて、出来るわけないでしょう?


「入って、入って! さっきリーゼシアさんがランラって実を持って来てくれてね。一緒に食べよ!」

「ふふっ、もっと切って参りましょうか?」

「大丈夫です、リーゼシア様。これを」

「ブハッ! も、モモ……エプロンに隠して持って来たの?」


 白い前掛けから現れたのは、たっぷり熟しきったランラの実。あのさえずり放題だった連中が管理している棚から奪ってきた。


 ──本当、ザルですね。あんなもの、針金一本です。


「んじゃ皆でランラ食べよっか! モモが切ってくれる?」

「お任せ下さい。ナイフは得意です」

「……たまにモモって特殊能力あるよねって思う」


 すかさず入った突っ込みにニッコリ笑顔で躱しつつ、私は本来入れる筈もない部屋へと招き入れられるのだった。

実は味方につけていたよ、なお話。ヒナゲシと1〜2才年下の女の子です。趣味はナイフ投げで特技は鍵開け。実はまだある。

ヒナゲシにモモちゃんと名前を付けられてから、本名ではなくこっちを名乗るようになってます。

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