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ヒナゲシの華  作者: 水無月奎
本編
41/90

泡沫の帰還

未練にサヨナラを。

 目を開けたら、十年以上暮らした家に居た。

 正しくは記憶の中の、だろうか? ヒナゲシは今はもう異世界にいるのだから。

 だからきっと、これは夢。悪い夢なのだろう──。




 慣れ親しんだ木と瓦屋根の一軒家。梅の木と松の木と牡丹の木があって、小さな黒い門があって、母が好きな花が幾つも植えられていた。ガーデニングは興味が無かったからあまり愛でた事はなかったけれど、異世界に渡るとわかっていたら、もう少し話しておけば良かったかもしれない。

 玄関の扉を通り抜けると、木の廊下を進み、突き当たりにある居間に入る。そこには父がいて、どことなく不機嫌そうだった。振り返らないのは私に実体がないからではなく、記憶通りのこと。私がいた頃と消えた後の違いを求めてじっと見つめるが、さっぱりわからない。

 バコッ。

 音がして、そちらに意識を向けると兄貴が台所で冷蔵庫を開けているのが見えた。私とは違い、ニョキニョキ背が伸びた二つ年上の兄。やはり不機嫌そうな顔で、それは記憶と相違無かった。

 ──兄貴は、妹が嫌いだったもーんねー。

 可愛い妹でなくて申し訳ない。ヒナコのような笑顔の似合う子であれば、きっと兄妹仲も悪くなかったのだろう。ヒナゲシが理想から外れてただけ。

 くるりと見回したが、母の姿はなかった。社交的な人だから近隣の人と出歩くことは多かったし、……ヒナコに会いに行ってることも、多かった。むしろ家に戻ったらヒナコが居ることの方が多かったくらいで。この家の思い出にヒナコがない方が不思議なくらいだった。

 無意識に避けてるのかもしれない。とりあえず異世界に渡った後の自分の部屋が気になって、意識を切り替えて飛んでみる……ぎゃっ!?

 八畳部屋だがエアコンも無く半分が物置状態の部屋は、ほとんどがベッドと勉強机に占められている。年頃になった兄貴が私をウザがり、元々物置だった部屋に押し込んだためだ。少し泣ける。

 その部屋に何故かヒナコが居た。驚き過ぎて飛び上がってしまった。今は肉体無いのに。


「……ヒナコ?」


 コイツ人の部屋で何してんだ、まさか私が居なくなったからこの部屋ヒナコのものになったんじゃ──


 がばっ。


「ひ、ヒナちゃん!?」


 ……は?

 タイミングよく、ヒナコが顔を上げた。まさか声が聴こえたのかと思ったが、それはない。だってこれは夢なのだから。数刻後には泡のように消える、夢の時。

 案の定目の前にゆらゆらと存在する私は視認出来ないようで、キョトキョトと周りを伺っている。


「げん、ちょう……」


 再びぼすっと布団に沈んだヒナコは──っておい、お前何勝手にベッド占拠してやがる。

 多少ムッとしたが、日本を捨てた今、どうでも良いことだ。あちらの世界の家族も、部屋も、物も。どうせ二度とお目に掛かることはない。


「ヒナちゃあああん……」


 切なげに私の名を呼ぶのがお前ってどうなの、そこで私は夢から覚めた。




 目が覚めてみると日本の名残のない西洋アンティークな部屋で、柔らかなベッドで、目の前にはリーゼシアさんが居た。


「ん? りー、ぜしあ、さん?」

「ヒナゲシ……」


 何故かホッとした優しげな顔の女性は、愛おしげに私の頬を撫でた。存在を確かめるかのように。


「どし、たの?」

「少し、ヒナゲシが遠くに感じて……寂しく、なって」


 伏せた睫毛は長い。

 寝起きで頭は働かなかったが、リーゼシアさんの不安な気持ちは伝わった。今朝見た夢のせいか。私も少し日本に引き戻されていた気になる。そんな馬鹿なこと、あるわけないのに。


 日本を思う。そりゃあ母国だ、恋しい気持ちがないわけではない。

 でも、あの国で私を想ってくれる人がどれだけいるだろうか?

 ちらとヒナコの顔が思い浮かんだが、打ち消した。私がそばに居たいと思えるのは、私と容姿が全然違うこの女性なのだから。


「私、は、ヒナゲシは、どこにも、行かない」


 ああもう、変な夢だったせいかまたウトウトしてきた。まぶたがくっつきそう。

 彼女の不安を取り除いてあげたいのに。


「もし、かえれるとしても。ぜったい、かえらない」

「ヒナゲシ……」


 あの家に愛しさがないわけじゃない。十三年間毎日見ていた家だ。だけど同時に苦しかった家だ。


 背中を向けた父。機嫌の悪そうな兄。見当たらない母の姿。


 何度も感じた。私だけがピースが違うような違和感。それでも認めてほしくて、見てほしくて。家族にはその姿が浅ましく見えていたのかもしれない。


 私が完璧な娘で在れなかったように、父親像、母親像、兄貴像を押し付けるのは違う、と思ってきた。でなければ私が其処に居られなかったから。愛情を返してくれない家族を認めなければ、不出来な私は娘でいられなかった。


 何て綱渡りな人生だったんだろう……。


 家族にすら駆け引きの真似事をしていたのだ。疲れて当然だろう。

 そんな私を癒してくれる、優しいこの国の人達。手放せるわけがないでしょう?


 うつらうつらしながら語っていたが、もう限界。

 先ほどまで見ていた夢は懐かしいものだったが、リーゼシアさんが不安がるならもう見なくて良いと思った。

 寝ぼけたまま、脳に命じる。

 リーゼシアさんの何かを願うようなくちづけをまぶたに感じながら。


 ヒナゲシは、選んだのだ。

私は今からあなた達を棄てるよ。少し寂しいけれど。

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