魅惑のヒナゲシ改造計画
ここでヒナゲシに適した外観に変更されます。
あきらめないで。
教えて下さい。女の価値は顔ですか?
「ヒ・ナ・ゲ・シ」
それはいつものように、読めない本を借りて単語を書き取りしていた時のことだった。
片手にヘアリボン、片手にヘアブラシ、両腕に無理やり抱えた大量の衣服を見、ニコリと麗しい笑顔を浮かべたリーゼシアさんを見て、一言。
「嫌です」
はっきりきっぱり言い切った。
すぐに抗議されたが、相手はリーゼシアさんだが、そのまた背後に八頭身の美女精霊も控えているが、更に足元には同じように顔を輝かせている青子がいたが、全部無視。
「嫌ったら嫌です」
ぷいと視線を本に戻し、カリカリと慣れぬこちらのペンを走らせる。
最悪なことに言語翻訳はされても読み書きは出来ないのだ。識字率が意外にも高いこの国で、最底辺。これはちょっと恥ずかしい。ので、ヒナゲシはここのところ読み書きに徹している。余裕はない。
『ううっ、冷たいですぅ~』
何とでも言え。これ以外ならばいくらでも折れてやれるが、これだけは無理。やだ。
カリカリ。カリカリカリカリ。
部屋に書き取りの音だけが響く。意識は本に集中させていたが、ビシバシ感じる。しつこいほどに要求を訴えてくる視線を。
「…………」
「………………」
『…………………………』
『……………………………………ひっく』
「だあああああっ! わかった! わかったから! 泣くな青子!!」
ザ・敗戦。
何だこれ子供の無垢な涙を武器にって狡すぎる。にんまり笑顔の二人が憎らしい。
あれ、ひょっとして青子も笑ってる? え、嘘泣き?
「まずはお化粧にします?」
『そうねぇ、洗って塗って切りたいから……衣装替えは最後にね?』
『はいっ! はいっ! 青子はヒナゲシに似合う髪飾りを選びたいですぅっ!』
「あら、それは最後にみんなで選びません? 黒髪にぴったりの髪飾りは探し甲斐がありますわ」
『何たってこの国にはない美しい髪だもの。見て、とっても艶々してるわ。あのブタヌキ、目にもの見せてくれる』
途中で低くなった美女の声にビビり、椅子から転げ落ちそうになった。黒い黒い黒い、水色の姉さん黒いよ!
彼女たちが持ってきたのは、ドレスにアクセサリーに靴や化粧品。こちらの世界で使う女性の必需品だが、綺羅綺羅しくて腰が引ける。今もヒナゲシはすっぴんだし、着替えにまだ戸惑ってるためラフなワンピースだからだ。
「大体、化粧なんて……私まだ十三なのに」
『あら、白粉を塗りたくらなくても、基礎化粧とか色々あるのよ? 吹き出物が出ないように洗顔は基本だし、しっとりなめらかになる化粧水だってつけなくちゃ』
ええー、と顔が歪む私の前に、でんと乗る小瓶。薄い紫が光を反射して綺麗と一瞬うっとりしかけたが、これを毎日。嫌過ぎる。
思惑がバレたのか、美人精霊の笑顔に凄味が増した。コエー!
『何で当事者が怒らないのか腹立たしいけど、今は許してあげるわ。とにかく、今度あんなこと言われたら私が怒る』
「ええっ?」
『洗顔』
「行って来ます!」
平たいクリーム瓶のようなケースを持って、洗面所に飛び込む。そしてきっかけになったブタヌキ、失礼、豚オヤジに恨みの念を全力で送った。
身近にいる女性陣たちが怒り狂ってこのような行動に走ったのは、ブタヌキさんのせいだった。名前は知らない。
貴族なんだろう、尊大な態度で城内を歩いていた。別にこちらから話しかけたわけではないが、ブタちゃんが話しかけてきたので応じたのだ。こうして時々私は顔見知りを作っている。妙な人もいないではないが、そういうのは精霊が適当に撒いてくれるから、よほどの変態以外は問題になってない。
そんなわけでその日馴れ馴れしく話しかけてきたそのブタ貴族ちゃんと、私は話したのだ。今日はいい天気ですね的なことを。
が、見た目や生まれで態度をコロコロ変える人はどこにでもいる。このクソ豚はそんな貴族だった。
「ふぅむ、周りが言うように本当に髪が黒いのだな」
無遠慮に腕が伸びてきたので、最近鍛えた逃げ足で避けた。ぶっといウインナーのような指が宙を掻く。
「ふん、態度がなっとらん娘だ。目上の者にそんな態度で許されると思っているのか」
何か言ってるが知らん。私とこの人とは上下関係などないのだから。
ちなみに後でこっそりオースティンにチクっとこう、うん。昼日中から仕事してない豚貴族がいますよーってな。
「異界の娘とか何とか。本当か?」
「まぁ」
言ってる豚が一番信じてなさそうなんで、特に言うべきことはない。
「その黒髪に魔力が秘められているとか稀代の魔女だと色々聞いたが、全然そんな風に見えんな」
またかよ、誰だよそんな噂流した奴。おかげでこちとら変態に追いかけられる日々だ、死ね情報発信者。
「稀なる美貌娘ならばまだ使いようもあるだろうに。鼻も低い、目も細い、全体的にのっぺりしとってまるで馬に轢かれた顔だ」
大 和 民 族 に 何 か ?
どうしよう、明らかにメタボなオッサンに言われてガラスのハートが割れそうだ。慰謝料はオースティンから請求してもらおう。
「嫁の貰い手もおるまい。将来押し付けられた相手が全くもって可哀想な話だ」
うん、虎雄ちょっと落ち着こうか。空気がビリビリいって女官さんが右往左往してるから。ほら、翠も。ドSモード発動してるよ? やだ、いつから小道具使えるようになったの? そんなん使ったら人間死んじゃうから。暁月、残り少ない頭髪燃やしたら可哀想だよ。大丈夫、波平さんになるくらいにいつか毟ってやるつもりだから。だから今は残しといて? あらまぁ青子、いつから氷魔法使えることになったの? そんな巨大なつららじゃ一突きでジ・エンド。物語は起承転結が面白いのよ? それは最後の最期にとっておこうね。
「ではな、ブサイク娘。せめて利口になれるよう学んどけよ」
うん、クソ豚野郎。覚えてろ。
ということがあったんである。
もちろんその日の夕飯時に文庫本に纏められるほど事細かに説明してやって、笑いをとった。今頃オースティンとクリスの手で爆笑もののエンディングを迎えている筈である。
が、それで済まなかったのが女性陣。
似合う髪型と衣服でイメージアップを図ろうと日々私を駆り立てるのである。
正直笑いながら罵られてムカついたが、だからといってイメチェンしようと思うほどではない。ヒナコより可愛い筈もないし、どんなに努力しても無駄なことは実証済みだから。面倒くさい、どうせ似合わない、維持もできましぇん、と泣き言を言う私を三人は許してくれず、今日に至るのである。
『うーん、やっぱりヒナゲシにはこの色のスカートかなぁ。アクセはこんな感じ?』
「ああ、ヒナゲシ可愛い……これも良いと思いますわ」
『重ね付けしても可愛いですぅ~』
「…………」
まさかこの年になってヒナコのような立場になるとは思わなかった。ヒナコは常に大人たちや男たちに可愛いがられていたから、服やアクセは山ほど貢がれていた。似合う似合わないで揉めていたし、人形のように着替えさせられていた。文句どころか満面の笑みで応じていた彼女の偉大さを今感じている。
『はぅあああ~。ヒナゲシってば髪を上げても下ろしても可愛いですぅっ』
『印象も変わって面白いわぁ。あ、ここ編み込んでリボンを結ばない? テーマは男心を弄ぶ小悪魔ガール!』
「ぜひオースティン様とクリス様で実験を!」
おいおいおいおい。何かだんだん男受けを意識したものになってきたぞ。ちょっ、ツインテとかやめて! 死ぬ! 羞恥心が死ぬ!!
「ヒナゲシ、オースティン様とお話する時は斜め45度で! こう、照れたように見つめて下さい!」
『いいわね萌える主が思い浮かぶ! その時スカートのここをちょっと握り込んで言ってみて!』
『小道具が必要ですぅ! これっ、これ持ってみて下さいヒナゲシ~!』
完全萌えキャラ化計画になってるんだが、私どうすればいい。
もっと言えば、
「グハッ! ヒナ、ゲシ、ぐっじょぶ……」
鼻血流して昏倒した男性陣(あれ、何か向こうに騎士の皆さんが息荒く見つめてるんだが身の危険を感じるんだが気のせい?)をどうすればいい……。
フリルのついたスカートを摘み、バスケットを何故か持ち、薄っすらと紅を刷いた私はしゃべる者のなくなった空間で困るのだった。
(((黒髪、萌え~っ!!!!!)))
平凡でも、似合う髪型、似合う服装、似合うアクセサリーを身につければ、魅力はUPします。
あきらめないで。