リアルはきついよ byヒナゲシ
二人並んでても空気。エア存在。
春の妖精さんともてはやされている。
夏になれば大空を舞う小鳥さん、秋になるとたわわに実る木の実、冬になれば誰にも心を溶かせない冬の女王の寵児と呼ばれる。一年通して人外かよ。
もち、私のことではない。
隣にいるヒナコちゃんのことである。
私自身は怒涛のごとく浴びせかけられる褒め言葉の流れ弾を受け、魂が口から飛び出ている。
──無理。自分が褒められるならまだしも、私なんか全く見えてない人たちの言葉は凶器だ。
しかも妖精とか天使とか。人間やめさせてどうするつもりだ。そしてこんな言葉の暴力に何故にお前はご満悦なんだ。
懲りずに人外の隣に立つお前はバカかと思われた皆さま。150cmちょいしかない私たちを取り囲むこの壁が見えてますか? 私の頭の上に胸部がありますよね? そんな彼らが円陣を組んでますよね? ね?
もちろん注目は隣のヒナコちゃんだ。収穫祭のためにと彼女の母が精魂込めて縫い上げた一張羅を着て、貢ぐことに余念のない男たちの怨念のこもったアクセサリーを散りばめた彼女しか見ていない。それ以外に見るものなんぞない。ここには。アタシトカナー!
だが。私は彼女と従姉妹なのだよ。同い年のオンナノコなのだよ。
片一方だけが着飾ってるわけがないんだよね。親が姉妹ですしね。
たとえ片一方の母親があんまり裁縫得意じゃなくて、娘を飾り付けるプラスアルファなアクセサリーを忘れててもね。同じ意味で着飾ってるんだから、並べられる。当然のように。
「ハァハァ。萌ゆる。ちょー萌ゆる。何あのスカート丈。何この襟ぐり。ちょ、おま。髪をかき上げるたび薫るフローラル。買う。絶対同じシャンプー買う。そんで同棲ごっこしちゃう。むほっ!」
初恋のお兄ちゃんが何か言ってる。
うん、意味なんか考えちゃイケない。今にも逝きそうな男がそこここに居るからな。ここで倒れてこいつらに触られるなんて願い下げだ!
顔面蒼白で今にもリバースしそうに汗かいてる私なぞ、誰一人として気づいちゃいない。か、悲しくなんてないんだからっ!
「ヒナちゃん、みんな喜んでくれて良かったね! 今年も二人で歌おうね!」
『え……』
聴こえない筈の声が空気を伝って私の耳に飛び込んできた。
え、なに、お前も歌うの? 一緒に? 天使の歌声に雑音混ぜてどうすんだよ。
という、何とも痛い本音が。KYヒナコ、デスノート決定。
「ヒナコ、みんなアンタの歌声が聴きたいみたいだよ。一曲歌ってやったら?」
そして死ね。あっ、違った、ここから出せ。
「ええー……ヒナちゃんの歌声とっても可愛いのに」
むくれたヒナコは妖精だろうか天使だろうか? もういっそ女王様でいいんじゃね? 誰もが君に傅く。
「私は老害、アッイイマチガエタ、村長んとこ行って来るから。ヒナコは歌ってて」
永遠に。そして私に二度と話しかけんな。
速やかにその場から姿を消すという悲しいスキルだけは得ていたので、いつもより華やかになったヒナコに群がる男の群れから抜け出せた。
振り返る。うん、誰も追って来てない。当然なんだけど、悲しいね! 空気ダネー!
収穫祭用の一張羅。が、見てもらえなければ無用の長物。虚しいけれど事実です。
自宅でパパッと着替えよう、そうしよう。そんで賑やかましい村の様子とは一線を画して自分の世界にこもろう。うん、私の正義は二次元の中。いいよな、ご都合主義。イコール、ヒナコ不在!
何気にオタクをカミングアウトしてしまいました。すみません、腐女子です。現実に耐えられなくて厚みのほとんどない彼らがマイダーリンです。
ノマカプとかやおいとか百合百合とか普通に口から出ます。いいよな、二次元……。
収穫祭に家に閉じこもるバカがどこにいる、ここにいる、ヒャッハー! てなわけで誰も見やしねぇ一張羅を脱ぎ捨てる。代わりに着替えるのはゆるゆるになった襟元かつ洗いすぎてめっきり生地が薄くなった古着だが、どんな辛い乙女ゲーも脱出できないRPGも乗り越えた戦友でもある。不満などあろうか。
「さてっ、ヒナコのいない世界に逝くか!」
この日にこそ相応しいと取り置いていた物語がある。自分を投影できる女の子が、平々凡々な日常から飛び出して、いきなり異世界にトリップしちゃうアレである。何でも鉄板と言われるほど萌える展開まみれらしい。
リアルじゃない友達から聞いた話だと、あなたは勇者だ! と選ばれた者として王族や神様にチヤホヤされる展開だとか。何それ、うらやましすぎる。私なんて生まれてこの方厚遇された記憶がない。死ねヒナコ。
要約すれば召還された世界で、王子やら王様やら宰相やら神官やら冒険者やら魔法使いと恋愛したり憎まれたりそれはそれは色々多種多様な人間関係に恵まれるとか。な、何それ、私これまでスルーされてばかりで自分の名前呼ばれることすら碌になかったよ! さすが物語、ヒロインに優しい。
そうか……私でも友達を作れたり恋人を作れたりするのか。
涙がこみ上げてきた。他にも色々こみ上げてくるものがある。どんだけヒナコの陰に隠れた人生だったかが染みた。ちょー染みた。
「えーっと、食料に飲料水に書くもの?」
非リアル友達様のメッセを読み上げながら、部屋にこもる下準備をする。
読み終わるのはとてもとても時間がかかるから、準備をしとかねばならんという話。問題ない、明日は収穫祭二日目である。むしろ二日も三日も現実逃避できるなら、ありがたすぎる。
「意外と荷物が多くて旅行用のリュックサックになってしまった……いやしかし、トリップするため! どんと来い非現実! ようこそヒナコ不在世界!」
テンションMAXで私は分厚い冊子を開け、そして私は本当に異世界の扉を開けたのだった。
──本当に開けるなんて聞ーいーてーねーぇえええぇえ!!!!!