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ヒナゲシの華  作者: 水無月奎
本編
39/90

桜散る小話

異世界に桜はありません。

日本にあるものがなくて、無いものがあります。

 城、という概念は、ヒナゲシにとってひどく曖昧なものだ。

 時代劇などでどっしりとした白壁瓦屋根の城を何度か見ているが、幾つか城を並べてどこの何城か、と問われても答えられない。

 西洋のキャッスルなんて余計にわからん。世界遺産だとか何とかで見たことはあったものの、国によって時代によって様式が違い、柱がデザインがと言われても、ぼんやり首を傾げるのみだ。

 故に、居候させてもらってるオースティンの城のこともよく分からない。外に出ることもままならないので、外観も把握出来ず。

 ただ広くていつも咲いている豪奢な花々や、いつもどこかしらに控えている甲冑の騎士、長い裾の服でテキパキ働く女性たちが物語で知る城中っぽい。


 突如異世界トリップしてきた怪しさ満点の存在であるに関わらず、ここの人たちは皆優しい。空気扱いされることもなければ、私の名前を呼んでくれる。遠巻きにされることもあるが、向こうでの生活に比べたら雲泥の差だ。

 衣食住すべてにおいて、国一番のレベルの恩恵を受けているので、不便もない。むしろ自力で調達しなければ大抵忘れ去られていたことを考えると、まさに至れり尽くせり。


 ──でも、これだけは、な。


 ガートンの授業を受けて、特に予定もないので庭を散策中。コスモスに似た花もあって、あちらとこちらとで共通する植物を見つけるのがマイブーム。


 でも、桜はないみたいだ。それが少しだけ寂しい。

 日本人が日本人である以上、ホームシックとは別に恋しく思うのだろう。あの儚く、夢を見せてくれるようなピンクの花は、どんな日本人だって好きだ。散る姿に愛おしさが込み上げるのも、きっと桜だけ。


 ──あっ。撫子の花……っぽい。


 目に優しい桃色の花が片隅に咲いていた。風にゆらゆらと揺れる姿は、いじらしい。


 ヒナコや、みんなはどうしてるかな。いくらなんでも、私の不在にもう気付いた筈。警察沙汰になったかもしれないと思うと、ちょっと心苦しい。

 母親、父親、兄貴に飼い犬。みんな私がいなくなったこと、どう受け止めたのかな。ヒナコがいるから大丈夫だったら少し泣ける。


 電線まみれの空ではなく、ひたすらに青が広がる空。サワサワと風が葉擦れを起こす。ここは太陽も風も優しい。

 土の感触を指先に感じる。ヒラヒラと目の前を蝶が飛んでいく。とても穏やかな時間。


 ──ゆらゆら揺れる、撫子の花。


 ヒナゲシの脳裏に過るのは、ここにはない満開の桜。風が吹いて、ザアと舞う桜吹雪。かつていたそこを思う。確かに十年以上の時を過ごした国のことを。


 後悔? まさか。親ですら既にどうでも良くなってるのに。

 でも、私を見てくれなかったあの世界は悔しかったかもしれない。見てくれなかった、大事にしてくれなかった、そういう実感の積み重ね。

 悲しみがあって、憎しみがあって、許せない想いがある。それが自分の性格をどうしようもなく歪めたのも理解してる。


 ──右に左に揺れるピンクの花。定まるべき場所が見つからぬような。


 私はもう帰らない。桜のない此処が私の場所なのだ。

 確信する一方で、心の中には幻影の桜吹雪が舞っている。どうしようなく美しい向こうで見た光景を映し続けている。


 瞼裏に、何故か私の名前を呼びながら泣くヒナコの姿が見えた気がした。

気持ちは割り切れない。得られぬものを求め続けた心は、急には止まれない。

でも、私はここで生きていくよ。たとえ痛くて泣いてもね。

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