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ヒナゲシの華  作者: 水無月奎
本編
38/90

とある委員長の談

前話、桜舞う小話で登場した委員長視点の話。

異世界の第三者視点、とある傍観者の談の日本versionだと思っていただければ。

 両親がリコンしたのは、あたしがまだ小学五年の頃だった。


 前日にもまったくそんな素振りを見せず、ある日いきなり学校から帰ったら「別れることにしたから」、だ。テレビドラマみたいな神妙な顔は演技に見えていた。

 親が言うには混乱させたくなかったとかちゃんと決まるまでは伏せたかったとか色々言い分があるらしいけど、子供にしてみたら心の準備すらさせてもらえなかったのだ。心の傷を広げてくれただけ、何にもありがたくなんかない。

 リコン事例が周りになかったから、それが不幸なことなのかすらよく分かっていなかった。そんなガキンチョに憂うつそうに一言、「どっちについて来る?」。

 は? って思うでしょ。今日と明日は同じものだと考えていた小学生が、うんざり疲れた顔の親に聞かれたんだよ。だからね、って面倒そうに。


「リコンするんだから、一緒に暮らしてなんかいけないでしょう? お父さんはここでこのまま暮らして、お母さんは実家に帰ることになったの」

「お、おかーさんの実家って、神奈川じゃん」

「だからそう言ってるでしょう。お母さんは神奈川に帰るの」


 帰る? 帰るっておかーさんの家はここじゃなかったの?

 意味がわからない、と首を振るあたしに、イライラと言ったのだ。


「ああもう、わかんない子ね! お母さんとヨシは神奈川で暮らすの! そのくらいすぐに察してよ!」


 二つ目の衝撃だった。


 ヨシというのはあたしの弟で、愛彦と書いてヨシヒコと読む。たった二つしか離れてないのに、ヨシはあたしより小さいというだけでお母さんと共に行くことが決まっていたのだ。


 ──あたしはついて来るなっていうこと?


 それは今まですべての生活や愛情を否定することだった。

 衝撃から立ち直れないままに、そんな人とは一緒に行けるわけがないと思った。


「おとーさんと、いる」


 そう、とどこかホッとしている母親が憎くて、でも少し嬉しそうな顔をしている父親に安堵して、あたしは片親と別れた。






 体の成長が早くて同学年の誰より大人びていて、ワガママな弟がいたからクラスメイトの扱いは慣れていた。そしたらそのうち同い年なのにお姉ちゃんって言われるようになって、面倒ごとが押し付けられるようになった。

 頼られるのも先生に信頼されるのも嬉しい。でも、当然って顔で雑用を押し付けられるのは腹立たしかった。

 ヤダなって思いつつ、委員長の座を押し付けられるのは毎年のこと。特に天真爛漫で無茶を許される子にはイライラさせられたけど、馬鹿を相手にしてると思えば耐えられた。

 けど、この時は親のリコンにいっぱいいっぱいで。すぐに母親の顔とか迷うことなく連れて行かれたヨシの顔が浮かんで。心を平静に保つなんて出来なくなっていた。


 その日も、本来あたしの仕事じゃないんじゃないの? って図書室の雑務を押し付けられて。イライラが積もって、積もって、積もって。

 気が付けば、本という本を片っ端から床に投げつけていた。力の限り。


「……死んじまえ。死んじまえ。死んじまえ。死んじまえっ!!」


 バン、バン、バン!


 何がしたいのかまったく分からない行為が、その時のあたしには必要だった。

 ぜいぜいと肩で息をしながら、目についた本は全部床に叩きつけた。ぐちゃぐちゃになった本、本、本。まるであたしみたいだ。あたしの家族みたいだ。


 これを更に一人で片付けるのか、と脱力したところで、彼女は現れた。

 あたしがしゃがみ込む前に、棚の間から現れたやつ。ヒナゲシだった。


「……手伝う」


 咄嗟にやめてよ! と悲鳴をあげそうになった。

 さっきの姿を見ていたということになる。扉の開閉の音は聞こえなかったから。全部見ていた、んだ。


 あたしがぐちゃぐちゃにした本を、面倒くさそうな様子もなしに、拾っていく。あたしは拾わずに立ち尽くす。

 長い時間そうしていて、手伝うどころか一人で片付けてしまった彼女に、また余計な弱味を握られた気になった。

 やめてほしい。親切面して恩を売るのは。払う気なんてサラサラないのだから。


「……じゃあ」


 憮然としたあたしにそれだけ声をかけて、出て行った。強請ることも必要以上に恩を売るようなことを言うことなく。

 これが彼女とまともに話した一回目。


 最低なところを見られたあたしは、ヒナゲシを目で探すようになってしまった。

 もし誰かに話のついでにでもバラされたら私の体裁が悪い。でも、見たところ友達がろくにいないようだったので、助かった。誰かと二人でいるところなんて見かけなかったのだ。ヒナゲシがコミュニケーション不全で良かった、と心底思った。


 こんな繋がりだったから、もちろん友人になるわけもなく、かといって放置するにはあたしは臆病者だった。

 適度に話し、友達が出来たか冗談混じりに聞いた。何度聞いても変わらぬ答えだったけど。


 そんなヒナゲシが、行方不明だという。ヒナコの動揺っぷりは笑えるくらいだった。


 ──つか、あんたらしょっちゅう一緒にいて人に言われて初めてやっと気付くってどうなの? 人気者だけど頭軽いわね。


 それにしても、あのヒナゲシが行方不明とは。確かあの子の両親は二人ともこの村出身だったから、あたしみたいに外に親の実家があるわけじゃないのに。


 下手なことを言わないよう監視するようになって、ヒナゲシがどれだけ空気な扱いをされているのか、時に爆笑しながらあたしは知った。

 要領が悪いで済ますにはあまりにも運に見放されていて、それに追い打ちをかけるのは笑顔満面のヒナコだった。本人は自覚がないのだから恐れ入る。あの他人を顧みない姿が笑いを誘った。あんたヒナゲシに嫌われてるよと何度心の声で呼びかけたか知れない。


「ヒナゲシ! ヒナゲシ……っ」


 今も一人悲劇のヒロインぶってる女は、周りがヒナコを想う余りヒナゲシを悪く言い始めていることに気付いていない。馬鹿すぎる。


「ヒナちゃん、泣かないで。ヒナゲシのやつ、こんなにヒナちゃんを悲しませて何考えてんのよ……!」


 ──オイオイ、事件に巻き込まれてたらどうするつもりだ。


 母親ですら兄貴ですら父親ですらヒナゲシを心配することなく、ヒナコを気遣っていた。バロス。


「ヒナゲシぃぃ……っ!!」


 あえて人前で慟哭するヒナコを冷めた目で眺めながら、ここから姿を消したヒナゲシを思った。


 ──ヒナゲシ。あんたを想わないこんな場所から、こんな疫病神のような馬鹿女から、離れて正解かもね。

日本では不幸にしかなれないヒナゲシ。お前の世界はそこじゃない。

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