桜舞う小話
年末小話の続編のつもりで書きました。時間はリアルタイムに合わせて、四月。
桜舞い散る中、一人の少女が人の輪の中にいる。
「今年もヒナちゃんと一緒のクラスになれたよ、嬉しいっ」
「えへへー。うん、ヒナも嬉しいっ」
「あーあー、俺らは離れちまった。小学校ん時は連続で同じクラスになれたのにさぁ」
「うーん、残念。こっちのクラスにも遊びにおいでよ!」
「あたしも行くー。ねぇねぇ、一緒に授業は受けられないけど、お昼は一緒に食べようよ」
「もち! みんなで食べたら美味しいもんねっ」
「ヒナちゃん、うちの子とも仲良くしてやってね。恥ずかしがり屋だから話しかけられないみたいだけど、家ではヒナちゃんのことばかり話してるのよ」
「おばさん、こちらこそ! ヒナも話してみたかったんだぁ」
「おーいヒナ、そろそろ始業式始まんぞー」
「わっ、先生、置いてかないで~」
「あははははっ」
にこにこ顔の少女が慌しく駆け出すと、少年少女たちもつられるように走り出す。保護者である父親や母親は、仲の良い子供たちの背中を見送る。
小さな村の、小さな学校。
全校生徒のほとんどが知らぬ仲ではない狭いコミュニティで、幸いにしていじめや処分沙汰になるような事件はない。
天気も良好で優しい大人たちが見守る中、新たな時が流れようとしている。
まだ知らないことが多い生徒たちは、胸踊らせながら綿あめみたいなピンク色の花に運命的なものを感じている。
今年こそは、ひょっとして。
初めて苦しむ恋が待ち受けているのかも。
親友とも呼べる新しい友達ができるのかも。
部活でレギュラーに選ばれるのかも。
新しい学年の勉強はこれからで、教室も机も椅子も、ロッカーだって新しくなる。それはまるで新しい自分に生まれ変わるようで。
こんな日に憂鬱な人なんていないんじゃないか、と信じられるほど。
「もー、校長先生ってば話長い! 無駄に説教くさくなるんだもん」
「あはは、本当だよねー」
ぞろぞろと廊下を歩きながらの不満だって、この程度。本心では笑顔で励ましてくれた言葉がちょっと嬉しかったりする。子供心はフクザツなのだ。
ヒナコも朝からずっと笑顔。学校に行くよと言ってくれた家族だって笑顔満面だったし、同じクラスになれた子たちもなれなかった子たちも、笑顔でとっても嬉しそう。みんな、楽しみなんだよね。
教室に入ってきた担任も去年から馴染みのある先生で、怒ると怖いけど、ちょっとワガママ言っても仕方ないなって笑って許してくれる寛大な先生なのだ。今も興奮がなかなかおさまらず、はしゃぐ生徒たちを仕方ないなって笑って見守ってる。
「まぁ今日は始業式しかないからな。さすがにサボる生徒はおらんだろー」
冗談混じりの言葉に、どっとクラスが湧く。
「出欠を取るぞー。休んでる奴は名乗り出ろ!」
「せんせー、休んでたら言いに来られませーん」
「気合だ、気合ー」
で、結局始業式だから、見たとこ休んでないから、ってことで、出欠もろくにとらないで、連絡事項が続く。早く学校終わるから、みんなでどこか行こうかな? ってずっと考えていた。
「よっしゃ、今日のところはこれでもう終わるぞー。早く帰れるからって買い食いとかすんなよ!」
先生も保護者公認だと思ってるから、口だけ。いたずらっぽく笑ってるし、生徒みんなが舌を出して笑ってる。今日だけは、ね。
「ねぇねぇヒナちゃん、帰りどこ行くー? ドーナツとか食べて帰ろうよ!」
「カラオケはー? あたし演歌歌いたい!」
「何で演歌だよお前……ヒナ、どうすんだ?」
チャイムと同時に駆け寄ってきた友人たちは、やっぱり全力で遊ぶつもり。くすくす笑いながら後ろを振り返った。
「もちろんヒナたちも行くよ! ねぇヒナちゃん」
でも、後ろにいたのは別の子だった。きょとん、ってこっちを見返してるけど、ヒナも「あれ? 何でこの子がここにいるんだろう。いつもそこはヒナちゃんの定位置なのに」ってビックリした。
「あれ? あれれっ? ヒナちゃんは?」
自分にとってただ一人のヒナちゃんは、ヒナゲシって名前の従姉妹。母親がよく似た姉妹の女の子だ。
きょろきょろと辺りを見回すけれど、真っ直ぐな黒髪は見当たらない。ヒナとは違って、癖もない素直な髪が。
「ヒナちゃん? え、ヒナちゃんって……」
ヒナコちゃんのことだよね? って誰かが言ってるけど、爪先立ちになって教室のあちこちを見る。
あれ、ひょっとしたら別のクラスになっちゃったのかな……。
クラス分けの発表を見た時、一緒に確認しておくんだったと悔やんだ。だって確認わざわざしなくても、毎年同じだったんだもの。
「ヒナゲシのことじゃね? そういやあいつどこのクラスなのかなぁ」
去年同じクラスの男の子が、思い当たったように言った。なんだ、やっぱり他クラスなんだね。ついに別れちゃったのかー。
もう十三だし、いつもべったりじゃなきゃ駄目ってほど子供じゃないけど、ちょっと残念。自分にとってヒナゲシは、従姉妹というより姉妹、姉妹というより双子のような存在なのだ。ヒナゲシのことは誰よりわかるし、ヒナゲシも私のことは何でもわかる。そういうちょっと不思議な存在。
「んー、内緒で行ったら怒るかも。誘ってくるね!」
「え、ヒナちゃんっ」
「ヒナゲシってそういうことでヒナちゃんに文句言ったりすんの? サイアクー」
勢いよく廊下に飛び出したから気付かなかったけど、クラスではそんな言葉が続いてた。
「んー、いない。もう帰っちゃったかなぁ……」
小村だから、クラスが別れたって言っても二つしかない。だからそっちのクラスを覗いたんだけれど、既にそこには姿がなかった。ヒナと違って人知りするところがあるから、始業式終わっちゃったらすぐ帰ったのかもしれない。
もう、普段からあれだけ付き合いは大事だって言ってるのに。
ぷくんと頬を膨らませていると、まだ居残っていた子が声をかけてきた。
「ヒナちゃん? どうしたの?」
「あ、委員長」
記憶力も良くて、とても頼りになるお姉さんな彼女は毎年委員長を任されている。ヒナゲシも彼女には一目置いてたようで、少し話をする仲だったようだ。
「ヒナちゃん呼びに来たの。もうっ、始業式の日くらいヒナに付き合ってくれてもいいのに」
「──え?」
珍しく不機嫌顔になったヒナに驚いたのか、委員長が驚きの表情のまま、止まってしまった。
「なんてね。家に帰れば会えるし、明日にでも付き合ってもらっちゃおう」
じゃあね、って踵を返したら、腕を掴まれた。
「? 委員長?」
「ヒナちゃん。ヒナゲシは、ヒナちゃんのクラスだよ」
「え?」
「だから。ヒナゲシは、ヒナちゃんのクラスにいるよ」
「えええっ!?」
大っきな声が出た。
エイプリルフールの嘘なのかな、と笑いそうになった。だって、委員長ってば真顔なんだもん。
「やだなぁ、委員長。こんな時にエイプリルフールやめてよ~一瞬本気にしちゃったじゃん」
「……」
「ヒナちゃんだって信じないよ? ふふっ、それどころか頭はたかれるかも!」
腕は掴まれたまま。委員長、普段嘘ついたりしないから、引き際がわかんないのかな?
「……ヒナちゃん。本当に本当。私、二クラス両方のクラス替え見たから。ヒナゲシは、そっちにいるよ」
「え?」
至近距離に近付いた睨むような委員長の顔に、まさか本当なのかもしれないと思った。でも、先生も気付かなかったのに。今日はみんな出席って言ってたのに。
「でも……ヒナちゃん、いなかったよ」
「いない?」
「みんなも気付かなかったし。先生も、欠席者はなし、って」
厳しい顔をして黙り込む委員長に、何故だかガクガクと足が震えた。
委員長がいない筈がない、って言うから。だって、こっちにはいなかった、のに。
「ヒナちゃん!?」
上履きで中庭に向かって駆け出す。そこにクラス替えの表があるから。
──ヒナちゃん。
秋に見た干し柿が頭を過る。ヒナちゃんのお母さんがくれた沢山の干し柿。毎日食べ続けた、あの。
朝から放置されたままの二枚の大きな紙を見上げる。
朝は、一枚の一部しか見なかったそれを、上から下までじっくり目を通していく。
──嘘。
朝には見えなかった文字が、そこにはあった。
知らなかった、見えなかった、それが初めて見えた────。