撃鉄
激情という名の弾を、君に。
ゴウン、と重たげな音がする。それも頭の上から。
呆気にとられるヒナゲシ達が見ているのは、おそらく船体の底、水中に沈む部分だ。その船底を見る限り、木造らしい。現代日本で見かけるような鋼鉄製や強化ガラスを使った船なら「何でここに!?」と叫んでいただろうが、そもそも船が空を飛んでいるのだからやっぱり「何でここに!?」と叫びたい。
咄嗟に周りの反応も伺ったが、異世界人にも未知な現象であるらしく、どの顔も驚愕していた。それがヒナゲシの思考力を取り戻させた。
再び頭上を飛行する不可思議な船を見上げる。今度はじっくり観察する目で。
──マストがない。ってことは風を受けて走っているわけでは無さそうだ。動力は何? ガレー船のようににょっきりオールが生えている様子もないから、人力でもないのだろう。そもそもサイズが馬鹿でかい。テレビで見たクルーズやフェリーに張りそうだが、そんな豪華客船な雰囲気を撒き散らしていない。どちらかというと実用的なタンカー然としている。
ただし見たところ、作りはそう複雑ではない。多分。
歴史に詳しいわけではないから形状がこれだと明言できないが、教科書で見たヴァイキングの海賊船が一番近いかもしれない。
ん? 海賊船?
何故か先ほど見かけた男が思い出される。盗賊だと適当にイメージを持ったが、実際彼はガートンを攫っており、盗みや殺戮のイメージと海賊船のイメージが完全一致する。
証拠はない。証拠はないのだが……。
ゴウンゴウンと重たい移動音が響いている。遠く離れた地べたに這いつくばっていても、腹に響く音だ。起動したばかりで勢いがついてないのかもしれない。空に逃げられたら追うこともままならない。ガートン先生が、攫われてしまう──
脳裏に優しいガートンの笑みが浮かぶ。その笑顔が遠ざかる。いや、と唇が震えた。
ゆっくりと、立ち上がる。やはり頭上の船の影になっていたが、驚きなど既に綺麗さっぱり消えた。今私にあるのは、ヒナゲシにあるのは。
ポッ。
ライターで点けたような小さな炎が、体内に宿る。イメージだ。
魔法エネルギーは、イメージ。体内を血の赤と内臓の暗い赤から切り替えるのだ。
掴めるようで掴めないのは、初めてだからだろう。でもここで見送っては、私が大切だと思える人を失ってしまう。
「……ヒナゲシ?」
怪訝な呼び声に集中力を途切らせてはいけない。鰻を素手で捕まえるようなものなのだ、せっかく捕まえた尻尾を手放すと二度と元に戻らない気がする。
体内の炎は風に揺らぐように今にも消えそうだ。駄目、消えるな。大きくなれ。炎よどうか。
ギッと噛み締めた唇が切れたらしい。鉄の味が広がる。
考えろ。考えろ考えろ考えろ。どうすれば魔法エネルギーは大きくなる? どうやったら扱える?
ゆらゆら揺れる炎だけの空っぽの体。それを無理やり切り替える。私という武器に。
ああ、行ってしまう。先生を乗せた船が。私が追いつけないところに。
──撃ち落とさなければ。
ガチン、と撃鉄が起きる音が聞こえた。
瞬時に脳内に銃がイメージされる。飛び道具なら、と確信を得て内部が作り変えられていく。
小さかった炎がボッと燃え上がる。周囲を明るく照らすほどの光。
急げ。急げ急げ急げ急げっ!
重い音を立てる船は今にも速度を上げて逃げ去る様相だ。駄目だ、逃がすか。
ヒナゲシの要望に答えるかのように、炎が揺らめいた。
炎のそれが装填される。どこに? ここに。
輪胴がクルリと回る。弾が発射位置に辿り着く。
イケる──!!
おん、と船の音が変化した。逃げる、という直感。
「逃がすか────────ああああああ!!!!!!!!」
灼熱に焼かれながら、私は炎の弾を撃った。