とある閑職の談
色彩豊かな“それ”が目に入った瞬間、腰を抜かすかと思った。
閑職に身をやつす彼が城内外を散歩するのは、いつものこと。暇を持て余し、無意味にあちこちをうろつくのが彼の仕事みたいなものだ。だから、ここ数日の変化に核心を知らずとも感じ取っている。
皆が何か口にしているわけではない。が、目は口ほどに物を言う。つい先頃まで目が死んでいた人々が、好奇心に目を輝かせている。動きが機敏だ。そして何より楽しそう。
はて、と何年も変わらぬ空気が一気に変わった理由を考える。彼の知らぬところで何かが起こり、停滞していたこの城の雰囲気を変えたようだ。実に興味深い。
行き先を決めぬまま、やはりいつものようにブラブラしていると。えらくカラフルなものが、視界に入った。
──うん?
重厚な城にない色を見た気がする。赤とか緑とか水色とか黄色とか。果ては金や銀といった希少な色も見たよう、な。
──うううん?
近視の目を精一杯に眇めて、そのカラフルなものを見定めようとする。脳がそれを理解した瞬間、彼は腰が抜けるかと思った。
──あれは精霊ではないのか。それもその辺でふよふよ浮いてるようなものではなく、王個人が持つ、一番古いとされるあの……いや、それにしては小さくないか。そもそも王やクリス様がいるとは一体どういうことなのだ。リーゼシア様がご一緒されているのも珍しいことで──何より、中心にいる黒髪の少女は誰なのだ。
あまりにも停滞しきった空気に疲れ、幻覚でも見ているのだろうか。あり得る。暇な仕事でボケた可能性も捨てきれない。
惚けて見ていると、その黒髪の少女がこちらを振り返った。
おおう。笑顔で会釈をなされた。
こちらもつられて礼を取ると、水色の幼い精霊を連れた少女が近づいて来る。
「こんにちは。お散歩ですか?」
「っおおう、その通りですじゃ」
明らかに同族とは言い難い顔かたち。外の国から来たのだろうか?
「変わったお洋服ですね」
気付けば己の服をガン見されている。まぁ、よその国なら服装の違いなど知らないだろう。
「この長いローブは魔導師の証でございますよ」
「魔導師?」
きらり、とその目が輝いた気がする。まるで、野兎を見つけた狩人のような。
「さようで。まぁわたくしは書庫に押しやられた閑職魔導師でございますが」
「閑職ってことは暇? 時間あるってことですよね?」
何だろう、やけに食いつかれた。窓際族が珍しいのだろうか。ちょっと傷つく。
「はあ」
「やったー! オースティン、この人ちょうだい!」
「は?」
「家庭教師! 家庭教師!」
ワクワクと楽しげに語る少女に、国王はちらりとこちらを見た後、「いいぞ。やろう」とあっさり仰った。
「あの」
「初めまして、ヒナゲシと申します。これから魔法の師弟として、よろしくお願いします!」
勘である。城が変わった理由、それはこの一人の少女のせいではないのか。暇を持て余していた私に自ら近付いてきた、この台風の目のような少女が。
「……というわけで、本日のお勉強は終わりましてございます」
「そうか。ところで、閑職宮廷魔導師」
「一応、ヒナゲシの家庭教師になりましたので“閑職”は取って頂きたいのですが……」
「随分若々しくなってきたな。髭を剃ったこともそうだが、何より言葉遣いが」
「マジで!?」
「…………………………ヒナゲシかっ」
「近頃はヒナゲシの使っていた国の言葉も教えて頂いてるのですよ。なかなか楽しゅうございます」
にまり、と笑う私はいつぞや見かけた女官たちのように、輝いていることだろう。
魔法の先生GETだぜ!