急襲
前半ほんのりリーゼシア×ヒナゲシ色あり。百合駄目な人は逃げて!全力で逃げて!
異世界に渡り、二度目の朝である。
ふかふかのお胸に包まれて起きる朝は大層清々しい。
「ふふっ、寝癖がついてますわ、ヒナゲシ」
「うひゃっ、リーゼシアさんっ」
めめめ目が! 目が目が目がっ! しどけない起き抜けのリーゼシアさんに動悸が止まらないのですが!!
「ああ、艶のある素晴らしい黒髪だわ……」
ほう、とその吐息一つですらも。何気に私の髪を絡め取っている細い指先すらも。何だか、とっても! 色気がある。
どうしよう、危ない道に落ちてしまいそうだ。何で私ドキドキしてんの。心臓ぎゅっとなってんの。好きは好きでも性別超えちゃマズイだろ。
二人が寝転がる寝台は狭いなんて言葉が出てこないほど広いのだが、最初の夜に抱きしめられて眠ったせいか、以降くっつくように眠り抱きついて起きている。いやその、安心するんです。この柔らかい体に抱かれて眠るとね! くそう、何この安眠枕!
「……リーゼシアさんの栗色の髪も綺麗だよ」
「まぁっ!」
いや、本当にね。日中はひっつめているのだが、夜は下ろしているので長い髪がふわふわと肩からこぼれ落ち、時にヒナゲシの頬をくすぐるのだ。
ヒナゲシのがっつり直毛と比べたら、優しい笑みの通りにふわふわしている。……髪質って性格が出るのだろうか?
「ヒナゲシったら……もう、本当に!」
「え? え?」
何かいけないこと言ったっけ? そんな彼女を抱きしめるリーゼシア。ぎゅうぎゅう抱きしめられて、わけがわかんないやら苦しいやら嬉しいやら。
あう、だってね、リーゼシアさんの体って凄いんだよ! どこもかしこも柔らかいの。ふわふわのスポンジケーキみたい。でもって、優しいポプリの香りがする。あったかいし。これ、拒絶出来たら村で空気なんてやってませんでしたから。
はわわはわわ。
緩む口角に抵抗しながら離れたいようなくっつきたいような。わたわたしていたら、余計な第三者が突如として現れた。
「あら本当。烏が一羽迷い込んだと聞いたけど、本当だったのね」
暖かかった空気を、一瞬で凍てつかせる氷のような言葉。
ぴた、とじゃれ合いを止めたヒナゲシとリーゼシアが、顔を上げると。
「おはよう、烏。朝から女と睦みあってるふしだらな異世界人とはあなたのこと?」
厳しい厳しい眼差しをした少女が、ベッドの足元部分から見下ろしていた。
お通夜みたいな朝食、ってこういうのを言うんだろう。
昨日のようにリーゼシアの私室にてパン主体の朝ごはんを食べているわけだが、何だこの重い空気。昨日あれだけ喧しかったオースティンとクリスまで、無言で食事を続けている──とはいっても、お膝の上は私なんだが。
真向かいに座ってらっしゃるお嬢さんが主な原因と思われるのだが、未だ紹介はない。ので、アタックチャーンス! 私が直接話し掛けることにした。
「あの、私の名前は烏じゃなくて、ヒナゲシと申します」
妙な前置き付きの挨拶に、オースティンとクリスがピクリと反応する。
「あらそう、烏の雛」
「え、や? 名前はヒナゲシっていうんですが」
「わかったわ、烏」
「…………」
ここまで言われてようやく気付いた。どうやら名を呼ぶ気も覚える気もないらしい。
「えーと……じゃあ、それで」
少なくともこの国には黒髪が居ないようだし、烏の色だと覚えられてもしょうがない。そう軽い認識で納得したのだが。
「リリアル嬢、彼女を烏などと愚弄する呼び方をするのは止めて頂こう」
とっくに食事の手を止めていたオースティンが、傲然と足を組みながら忠告する。
え、愚弄? 私バカにされたの?
「あら。現王位にある方が、烏一羽に心を奪われたという噂は本当でしたの」
苛烈な笑みを浮かべた少女は、ヒナゲシとそう年齢は変わらぬよう見えるのだが、やたら挑発的な顔をしていた。むしろ毒塗れ?
どう成長したらそんな顔が似合うようになるんだろう、と半ば感心して見つめていると、腰に回したクリスの腕がぎゅっと強張る。見上げると、視線で人が射殺せそうな目をしている。怖いんですけど。
というか、この殺伐とした朝食の席を何とかしたい。私の胃のために。さっきからパンもミルクも全然美味しくないんです。下したらどうしてくれる。
「リリアルさん? 何かよくわかりませんけど、オースティンに喧嘩吹っかけてないで食べませんか?」
「…………」
黙る大人たち。睨むリリアルさん。
「呼び名なんて何でもいいですよ。烏でも鳥でも地鶏でも。今は朝ごはんを美味しく食べましょうよ」
んね? クリス。
「……そうだな」
お、やっと笑ったな、よしよし。あんな顔のまま朝ごはんを終えて仕事行ってもわだかまるだけでしょ。
「オースティンも、パンしっかり食べて。昨日あんだけ私に炭水化物勧めた人が一口も食べてないってどういうこと?」
「たん……? まぁいいか。うん、朝ごはんはしっかり食べよう。仕事にも差し支えるしね」
「そうそう。あ、リーゼシアさんも給仕に徹してないで、一緒に食べよ。二度も一緒に寝た仲じゃん」
「ぶほっ!」
「げほっごほっ!」
「そうですわね」
言い方が卑猥だったろうか。男性陣が喉に色々詰まらせていたようだが、間違ったことは言ってない。今朝ちょっとピンクになりかけたしね!
「このミルクって牛の乳? 何か向こうのと味近いんだけど」
「うし? ゲリィという名の家畜から採ったものですわ」
「んげっ、下痢……っ!? あっ、うん、何でもない! ちょっと衝撃受けたけど全然平気! でも印象操作のために今度家畜小屋見せて欲しいな!」
「構わないよ。他にもあちこち見に行くとしようか」
「仕事場も見に来る? 別に構わないよ」
「うん、行くっ! よっしゃー、異世界観光!」
キャッ、キャッと、騒ぐ私たちに。
──信じられない。
と二重にも三重にも意味を重ねていそうな声が聴こえたけれど。私はその時一つ重大な事実に気付いたことがあって。
「何なの、この子……っ」
苛立った眼差しをスルーしてしまった。
「えっ? あれっ? さっき現王位とか言った? 言ってたよね? あれ、じゃあオースティン王様? え、このヘタレ親父が?」
どうやら私は、国の一番偉い人に保護されていたようである。