夢うつつの告白
友人。家族。恋人。役じゃない好意をあなたに。
ちびっこ以外の漢字名は宿題にしてもらった。
怒涛のように横文字を漢字変換していたら、ありえない命名をしてしまいそうで怖かったから。
だってオースティンなんてどうするの? 一体どうすれば? 夜露死苦のノリで決めちゃっていいのか? 目をキラキラさせて漢字を紋章と言い切る外人さんに、そんな無体なことをしていいの? とまぁ、事情を知るたった一人の日本人として、錯乱する前にワンクッション置くことにしたのだ。
こんな時、他の日本人ならどうすんだろうか? と思わなくもない。ヒナゲシは少しゲームや物語に通じているだけで、高校も大学も行ってない。青子たちにだって、もっと特別な名前を与えられたかもしれないのだ。
──かといって、ヒナゲシはヒナゲシ以外になれないんだな。
村でどれだけ価値のある人間になりたかっただろう。勉強を頑張れば良いのか。運動が出来れば良いのか。もっと他人に好感を持ってもらえる人間になれば良いのかと。
ヒナゲシを軽視される中で、ついに自分までがヒナゲシを軽視してしまったのだ。自分を作り変えることに必死になり、素のヒナゲシを見落としてしまっていた。
自分を押し殺し、人に合わせていると自分の真意がどこにあるのか、見失う。
私はどこで笑いたかったのだろうか?
何に感動していただろうか?
色を変えるカメレオンになった時、自分が空っぽになったことに気付いたのだ。
──どれだけ嫌な人間でも、それを認めてもらわねば意味がない。偽って役柄を与えられても、それは人形だ。
自分が自分として生きるということは、何と孤独で責任のある事なのか。
これからを思えば溜息が出る。私にこの友好的な人間関係を維持出来るのか? 戸籍すらない国で生き延びられるか?
ゴロゴロと肌触りの良いベッドで転がっていると、ラフな格好になったリーゼシアさんがやってきた。
「ベッドに何か問題が?」
「ううん。寝心地すごく良いよ、リーゼシアさん」
私の腕の中で弱った姿を見せてくれたリーゼシアさん。今彼女は私をどう思っているのだろうか。
「今日はお疲れになったでしょう。ゆっくりお眠りなさいませ」
「ん……」
優しく髪を除けてくれるこの指も、いつか私に愛想つかして離れていくのかもしれない。穏やかに見つめる眼差しも。
──あなたは、ヒナゲシを好いてくれますか?
うとうとと布の中に沈み込みながら、欲求がどんどん膨らんでいく。
自分を失わない程度に、彼女の意に沿う人間になりたい。彼女の心の中に居座りたいと。
「リー、ゼシア、さん……」
「はい?」
窺うような人の気配が心地良い。あったかい。
それもこれも全てが、ここの人たちが与えてくれたもの。
ヒュウヒュウと風穴の開いた心に、ヒナゲシに、初めて見せてくれた繋がり。
「だい、すきぃ」
「まぁ……っ!」
絶句する声が聴こえたが、もう、意識は暖かな夢に囚われていて。
「わたくしも。わたくしも、あなたが大好きよ、ヒナゲシ」
生まれて初めてヒナゲシに返ってきた好意を、聞き逃してしまった。