名付け親
名前がないと呼べません。
リーゼシアさんの部屋が凄いことになった。
オースティンやクリスだけでなく、お子ちゃま精霊が四匹もいるし。その親御さん(と言ったら怒るので、心中だけはこう思っていよう)精霊ズも揃った。
村にいた頃の部屋に比べ、とっても広いと思っていたが、こうも人が集まると席は用意できないわ、カップの数は足りないわ。リーゼシアさんに取りに行かせて申し訳ない。
『そう言えば、この子たちの名前は決めた?』
「へっ?」
クリスの膝に座り、ヒナゲシの膝には水色のをへばりつかせている彼女の隣から、声がかけられた。鮮やかな蒼い衣を纏った八頭身の女性。
「名前? えっ、私がつけていいんです、か?」
距離の計り方がいまいちわからないのは、瞳孔も白眼もない不可思議な瞳だからだろうか? 人間より感情が出ないわけでもなく、かといってその神聖さが侵されることもない。不思議な生き物。
『あら、彼らはあなたの為に存在するのよ──ってこれもまだ言ってないわけね。変ね、私たちの性格をトレースした筈なのに』
何でこんなに穴だらけなのかしら?
小さな頭をコトンと傾げるモデル張りの女性は、ヒナゲシの膝に懐く小さいのを連想させる。すみません、うっかり八兵衛な点は遺伝だと思います。天然のかほり。
『精霊の名付け親なんて滅多にない事だが、出来れば早く付けてやれ。ここに存在する理由を枷として付けてやるんだ』
「枷?」
赤いおにーさんが、火の粉を撒き散らしながらそう言った。今にも燃えそうで不安になるが、どうやら意識を向けない限り炎上の危険は無いようで、椅子もティーカップも今のところ無事である。
『変な想像すんなよ? 俺らは人間みたいに魂と肉体一緒に生まれ出ずる存在じゃねぇんだ。魂が先に有り、必要性に迫られた者が肉体を得る。こいつらはオースティンの命があって作られたが、お前との繋がりが一番の餌なんだ』
「……よくわかんないけど、名前をつけるのは私でいいわけね」
あまりにも元いた世界の常識から外れていて、いちいち質問していてはお互い身がもちそうもない。勇者ってスルースキルも要るんだなぁと納得しておこう。
「ええーと」
視線を落とせば、キラキラした青の瞳。期待されてんのか、もしや。
「ええーっと。青子ちゃん」
『…………』
だだだだって! 頭のてっぺんから足の爪先まで青いんだもん! もうそれ以外思い浮かばないよ!
『あおこ? ヒナゲシ、あおこっていうですかっ?』
「そう。漢字でこう書く。青、子」
興奮気味の水色の少女に向け、ノートにでかでかと書いてやる。名前は平凡だが、見慣れぬ漢字を含めればここではオンリーワン、君だけのものだ。
『青子っ! 青子ですぅ!!』
良かった、水色のには受けたようだ。呼びやすいし、私自身もこの字面は可愛いと思う。
『これで、あおこ……ヒナゲシの国は難しい字を書くのですね』
「漢字と言います。他に平仮名と片仮名もあるんですよ」
『同じ意味のものを三つの字で表すのですか!? はあ、無意味というか……いえ、本当に変わった国だ』
緑の青年は姑でなく学者だったか。長々とノートに魅入っているが、捕獲されてる緑の少年が目に入った。おかしいな、目の中にSOSって文字が見えるんだが。
「んっと、緑のは……翠」
こう、と書き綴った文字はやはり不思議な紋様に見えるようだ。同じ発音だというのに怒られなかった。
ごめん、本当は宮土理とか浮かんだ。さすがにこれは無い。酷すぎる、私。鬼か。
『翠……』
噛んで含めるように漢字を覚えてる少年を見て、反省。う○み宮土理は絶対無いから!
『俺はっ?』
「赤いのは……」
えーとえーと、結構ハイペースに考えてるけど本当にこれで良いのか! 自分が一番後悔しそうで怖いんだけど!
「漢字これね。で、読みがあかつき」
『暁月!』
さすがに朱子ちゃんとかはまずかろう。カッコよく決めてみたつもりだが、どうか。
『あかつき……暁月!』
「うんうん、気に入ってくれて何より。君もイメージカラーの名前だからね」
さて。問題は今もツンデレている黄色少年ですが。
「えーと、どんなんが良い?」
『知るか。テメーが決めろよ』
むっ、せっかく訊いてやったのに。いいのか? いいんだな? ここで復讐しちゃうぞこんちくしょう。
「んじゃ、虎雄で」
『とらお?』
「そー、タイガースファンかよお前、いやもうマスコットキャラだろお前、な虎雄。そのうち黒のバンダナとか渡してやる、どうだ、危険色だぞ」
警察のKEEP OUT的なな!
『ふぅん……虎雄。危険色なんだ? ヒナゲシにしては悪くないんじゃね?』
どうも危険色辺りに反応されたらしい。喜んでやがる、超想定外! お前やっぱり危ねぇよ!
ふぃー、それにしても一時に四つも名前をつけるって早々ない。一応変ではないものをつけたつもりだが、出来れば時間が欲しかったよ。
ぐでっと肉椅子にもたれてカップを煽っていると、更に予測をつかない事態。
「ヒナゲシ……漢字名、欲しいなー」
「え……っ」
「わたくしも、この紋章のような名が欲しいです」
「ええっ」
「クリス、に漢字をあてればどうなるかな?」
「はっ? えっ、えええーっ」
ちょ、何言ってんだこの大人たちは!
『ヒナゲシ、我々にも漢字というものを頂けませんか?』
『そうだな、俺にもつけられんだろ?』
『まぁ暗号にも使えそうだしな~』
『いいわね、ヒナゲシにある程度“漢字”を教わっていれば、秘密文書に出来るのではないかしら』
「……………………」
『ねぇ、ヒナゲシ?』
「漢字教えて欲しいなー」
違う国から転校してきたみたいなことになりました。