保護者会
お子さんの迎えは六時までにはお願いします。
『やだぁああああ!!!』
何かを吐き出すように泣くリーゼシアを成長途中の体で包み込み、この少しばかり低体温の体をあたためた。
菓子類に執着を見せていた精霊の子供たちも無神経に食べ続ける真似はせず、そっと寄り添い、体温を分け与えるようにひと塊でいた。精霊とはいえ、優しい気遣いが出来るとわかる。瞳が人と違っても、良い子たちなのだ。
「おやおや……リーゼシアが泣くなんて珍しいね」
からかうような台詞でありながら、棘のない穏やかな声音が現れる。仕事を終えた金銀二人だった。
「ええと、オースティン、様?」
「様は要らないよ。まるで私とヒナゲシの間に上下関係があるかのようだから。それより、リーゼシアはどうだい?」
「失礼を……オースティン様、クリス様」
涙を出し尽くした声は嗄れ化粧は落ちていたが、恥じ入ることなどなかった。この涙は自分の誇り。何を恥じる必要があろうか。
「ふむ。リーゼシア、影は消えたかい?」
「はい。……わたくしも随分と引きずられたものです。二人はもう亡くなったのに」
「後悔は?」
「いいえ。わたくしは自分を蹂躙する者を赦さない。絶対に」
リーゼシアの瞳が鷹のように煌めいた。一時完全に喪われていたその強さに、オースティンは安堵する。
「それで良い。その誇りがあったからこそ、ヒナゲシと出会えたのだから」
二人の会話が何を指しているかヒナゲシにはわからず、またクリスも何も言わない。その横顔は凍てつき恐ろしさを感じるものだったが、それは話している二人にではないようだった。
──彼にもあるのかもしれない。
ヒナゲシを見る時には甘く、オースティンやリーゼシアを見る時には親しみを含んでいるその瞳の奥に。リーゼシアが何らかの悲哀や絶望を隠していたように。
でも、きっとそれが人間というもので。それを理由とする罪深さとか悲劇もあり得るのだろう。ならば私が三人を敬遠することなどあり得ない。ヒナゲシはそれを知っている。
「リーゼシアも落ち着いたようだ。次に話を移したいんだが、いいかな?」
「次?」
何かを秘めた瞳が、こちらを振り返った瞬間イタズラめいたものに変わる。どうしよう、やたらめったらキラキラした目が怖いんだが。
「その周りにワラワラしてる子供たちなんだけどね」
『あっ!』
「あっ?」
『ああー……』
『うああ……』
思い出したように頭を抱える緑の。その他の精霊も思い思いの青い顔をしている。ふてぶてしいのは黄色だけか。平常運転だね。
「えっと、彼らが何か?」
「いやー、清々しいくらい自分の仕事忘れてるなと思って」
「彼らの仕事?」
『やばい、まずい、怒られる……』
ニコニコしているオースティンに、首を傾げるヒナゲシ。緑のが顔を青くして(おおお髪も目も服も緑なのに!)呻いている。あのサドっ子が。
『お、怒られるですぅ~』
水色のが泣き出した瞬間。
『わかってんじゃねーかクソ餓鬼ども!』
ガンッ! ゴンッ! バシィィンッ!
盛大に物を殴る音が三つ続いた。
ぱちくりするヒナゲシ以外、動揺はない。
突如として出現した異様にカラフルな面々にも。
『まったくお前ら、まともにお使いも出来んのか! 俺ぁ影から見守れって言ったんだ! 影から!』
勢い良く説教をかますのは、燃え盛る紅蓮の炎を纏った青年だった。小さな赤いのを大きくしたような。
『生まれたばかりの精霊の子供ですからね。早々にバレるのではと思ってましたが、まさか任せた当日に茶会をするとは。いやはや、私の読みも浅かったものです』
『ひゅ、ひゅいまへんんんん』
あのサドっ子が、無防備に緑の青年に頬を抓られている。微笑みながら指に力を込める青年と、涙ぐむ緑の対比が哀れ。
『お前な? 下手こくなら最初っから手を出すんじゃないよ。後片づけが大変だろ? この俺様がな?』
妙な諭し方をしているのは、黄色い男性。ボサボサの髪をがりがり掻き毟りつつ、そっぽ向いた少年に語りかけている。
『あなた、ひょっとしたら自分から姿を見せたんじゃないの?』
『う、はいです……』
『やっぱり』
水の精霊は麗しい八頭身の女性だ。水のような長い髪と裾をひらめかせ、やれやれと困り果てている。
何でしょう、今日は精霊フェスティバルですか? 完全にRPG。ゲーム画面で見たような光景が広がっている。大小揃ってるのが微笑ましい、が概ね小さいのは涙ぐんでいるようだ。
「うん、まぁ、ヒナゲシと仲良くなったのならそれでいいんだけどね」
「えーと、事情がよくわからないんですが?」
彼らは親子なのだろうか? でもって、小さいのは大きいのに命じられて、この部屋にいる?
「彼らは自然に根ざした精霊だよ。それも最近生まれたばかりのね」
「はぁ、えと、親子……?」
『ありえないからっ!!!』
数カ所から悲鳴のような声が上がった。途端に室温が五度ほど下がる。
慌てふためいて口を閉じた小さいのに、無言で圧力をかける大きい精霊たち。怖い。怖いから、君ら。
「精霊は子を成さない。自然から生まれるものなんだ。この子供たちは別格だけどね。移し身みたいなもんで、彼ら自身が作り上げた精霊……かな」
『曖昧に答えないで下さい、我が主。精霊という神聖なる存在が誤解されてしまいます』
オースティンの説明に、すかさず注意が入った。緑の青年は細かい部分も気になるタイプか。姑か。
「ああー……えっと、あまり難しいことは言いたくないんだよ。つまんない話だし、こちらの都合だから」
『そのあなたの都合で精霊の子を作ったんです。せめて説明くらい正しくして下さい』
「えー、あー」
『主、本来精霊は自然に生まれ、自然に消え行くもの。それを捻じ曲げてこの子たちを作らせたのは、主、あなたなのよ』
おお、今度は水色のおねーさんに叱られている。シュンとするオッサン、哀れ。
しかしこの大きな美しい精霊たちの主がオースティンで、その命令でちみっこいのが生まれたというのがわかった。わかったが、理由はわからん。
「えーと、あの?」
『ああ、あなたに怒っているのではありません。我らはオースティン様に怒っているのですよ』
ぽん、と肩に乗る緑の青年の手のひら。片腕は未だ少年の頬を抓り上げている。……子どもの柔らかな頬が無惨なことに!
『そうだ。それとこの餓鬼どもにな?』
『いだいいだいいだいいだいぃぃい!』
赤いおにーさん、ちびっこが可哀想なんで、そのヘッドロックを外してあげてくれませんか。技のかけっぱは危険だと思います。そして頭にのし掛かるのはヤメテ。重い重い重いっ。
『まぁ、バレちまったもんは仕方ないわな。幸いコイツらお前さんに懐いたみたいだし、これで堂々と側に置ける。見ただけで精霊の加護がハンパねぇのはわかるし、下手に人間をつかせるよりよっぽど危険はない』
「ん? んん? 危険って?」
黄色い男に投げられる言葉を正確に受け止められない。精霊の加護? 側につける? 危険って何が?
「もし万が一、ヒナゲシ、君に危害が加えられてはいけない。その用心に、精霊の子をつけた。そういうことだ」
「クリス……」
具体的な精霊の加護というのはわからないが(だってちみっこいし、菓子食べ尽くす勢いだし、フリーダムだし)、ここで過ごすのに護衛をつけてもらえたんだと解釈する。……勇者って何らかのミッションこなして信頼を得、初めて加護が貰えるもんなんじゃなかろうか。いいのか、イキナリ精霊GETだぜ!
「ええと、とりあえず、これからよろしく?」
『うわぁあああんんヒナゲシぃいいいい!!』
半泣きのお子様精霊ズにタックルされました。
防波堤にされる気がしないでもない。
大人はいつだって狡く、強いのです。