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ヒナゲシの華  作者: 水無月奎
本編
2/90

似て非なるヒナ

さてさて、物語の始まり始まり。

 悲劇は、外から見ると喜劇に見えることがある。

 対岸の火事であれば、何事もなく平和に滞りなく進むストーリーより、キャストが四苦八苦していることこそが面白い。

 その苦悩する様が、涙する顔が、激昂するのが愉しいのだと。

 他人とは得てしてそんなものなのだ。


 などと悟りきった冒頭を語る私、名をヒナゲシという。漢字は雛罌粟なのだが、素直にこれが書けるだろうか。いや、書けまい。

 というわけで、だーれも漢字を思い浮かべて私の名を呼ばないため、ヒナゲシなのだ。


 そんなヒナゲシさんが、何人生悟りきっちゃった枯れた台詞呟いてんの、ってな話だが、今現在悲劇真っ只中だからである。他人には面白くて仕方ない類いの。


 ヒナゲシは農耕して生計を立てているちっちゃな村の小娘なのだが、まるっきり同い年の従姉妹がいる。名をヒナコ。

 この村で年齢がぴったり同じなのは二人だけ。2〜3離れた上と下の娘さんもいるが、十三なのは二人だけ。

 親も姉妹とくるから、何かと比較されて生きている。

 その比較こそが悲劇。他人から見れば喜劇。ちくしょう、運命を呪いたい。


 ヒナコとヒナゲシ、という響きは似ているのだが、顔面とスタイルと漢字まで『似て非なるもの』、という言葉がピタリと当てはまる。

 上に見られる側はいい。~より可愛いね、~より似合うね、~より好きだなぁって褒められフィーバーだ。

 が、下に見られる方からしてみたら。~より可愛くない、~と同じように出来ないの?、~だったら良かったのに、と。まるで存在するのが悪かのように言われまくる人生をひっ被らされるのだ。

 詰んでる。人生詰んでるよね。この先の人生全て見えた気分だ。


 これが母の語る物語ならば、こんな器量悪しの娘にも一途に想ってくれる男というものが存在するわけだが。

 人生、そんなに都合良くはいかない。現実はいつだってシビアだ。

 初恋以降全ての恋心を踏みにじられ続けた私は、既に悟りきっている。まともな恋愛はもう諦めよう、と。

 きっといつかあぶれた男性と見合い婚だ。それも嫌がられるなら、一生独り。あっ、泣いてないから。これ、ただの汗だから。


 大人たちの心ない言葉はもうグッサグサとヒナゲシの心を突き刺している。その上で成り立った性格だ。もう清い心のあの頃には戻れない。人生、諦めが肝心である。

 どんな台詞にもめげない鉄の心。傷ついた表情など、周りを喜ばせるだけ。そういうわけで、今のヒナゲシは完成している。親も遠い目をする、時々。


「ヒナちゃん!」


 いかにも女の子らしい、甲高い声が響く。村を見下ろせる位置で突っ立っていた私は、顔を上げた。


「ヒナコ」


 無垢な笑顔全開で走り寄ってきたのは、話題のヒナコさんだった。遠目から見ても可愛い。軽く死にたくなった。


「もう、ヒナちゃんったら! すぐに居なくなるの良くないよ!」


 いや、お前こそ何故にすぐ真横に並びたがるのか。おかげさんで比較しやすく、ますます私は悪し様に言われるのである。

 そんな事よりも。

 ヒナコの背後に目を移し、うんざりとした。また増えている。


「後ろの男ども、また増えてんじゃん。何で連れてくるかな……」


 十三ではあるが、十分女の子らしい可愛さがあるヒナコは、村中の男をもれなく骨抜きにした。その射程範囲は十代に留まらず、二十代三十代にも及ぶ。ロリコン野郎が多過ぎて死にたくなる。

 逆ハーレムというものらしい。縁のない言葉だったが、ヒナコが身近にいることで、嫌でも野郎どもの醜い争いを間近で見続けるはめになった。


「それにヒナって呼ぶのやめて。それ、あんたのことだから。むしろ村中の共通認識だから」


 それをあえて私に使うのだから、嫌がらせなのかと言いたくなる。あっちのヒナちゃんは可愛いけど、こっちのヒナちゃんは、ねぇ…? なんて大人たちに言われてみやがれ。確実に何かが減るぞ。


「いいじゃない、ヒナちゃんと私しか、ヒナっていないんだよ」


 うん、貴様が考えなしなのはわかった。ありがとう、君の無邪気でより一層傷つけられてます私。

 背後に並ぶロリコンどものうっとり顔も吐き気に繋がる。私の体調不良は貴様らのせいだ。死ねよほんと。


「ねぇヒナちゃん、今度の収穫祭で歌と踊りを披露するの」

「ぜってぇー嫌だ」

「まだ言い切ってないのに」


 何が言いたいのかは瞬時に把握した。

 この幼馴染は、本気で理解してないのかと突き詰めたくなるほど、私を同じ舞台に立たそうとする。それがどんな悲劇を引き起こすか知らないで。

 歌と踊り? こいつと一緒にやってみやがれ。ますます格差社会が生まれるじゃないの。主に私とヒナコの間に。

 何でお前いんの? と怪訝な視線を集める晴れの舞台での羞恥プレイは一度で十分だ。そこに思い至らなかった過去の自分も抹殺してしまいたい。


 ヒナコとヒナゲシさん。二人一緒に赴けば、お呼びでないと言いたげな怪訝な顔をされる辛さがご理解いただけるだろうか。

 何でここに居るの? 何で?

 これほど人を傷つける視線があるだろうか。奴らは覚えてなかろうが、私は過去の一つ一つ覚えている。簡単に許せるわけがない。とどのつまりは孤立してるってことなんだけど。死にたいです。


「ヒナコが一人で歌って踊ればいい。どうせみんなが見たいのはヒナコ一人なんだから」


 ざあ、と気持ちの良い風が吹き、目を細める。ここで居眠りしたらさぞかし気持ちが良いだろうが、そろそろ夕飯の支度がある。


「じゃーね」


 求められるヒナコと求められないヒナゲシ。

 求められない存在は、どこへ行けば良いのでしょうねぇ??

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