年末小話
実はまだ気付かれてないとか。
「あら、ヒナちゃん! ヒーナーちゃんっ!!」
不躾なほど名を呼ばれ、ヒナコは苦笑して振り返る。
村を歩くと、こうして声を掛けられるのはもはや当たり前。ちょっとしたおやつをくれたり、物をくれたり。おかげでヒナコは『物が不足する』『ひもじくなる』といった経験はない。
以前そう言ったら、ヒナちゃんが痛いものを堪えるような、奇妙な顔をしてたっけ。
「どうしたんですか? おばさん」
「これこれっ。これ余っちゃったから、あげるよ」
手招きしたのは、ちょうど思い浮かんだヒナゲシの母親だった。
ヒナコの母親と姉妹なだけあり、顔も雰囲気も、どことなく親しみやすい。子供の頃から側にいた人でもあるし、ヒナコにとっても母のような人だ。
それでも、十三となった今では、敬語を使って話すことにしている。というのも、すべてはヒナコの配慮だ。ヒナゲシのための。
ふとヒナゲシの小さな頃が思い浮かんだ。赤ちゃんの時から傍らに居ただけに、写真と遜色ないほど鮮明なもの。
ヒナコがよく笑うなら、ヒナゲシは常に悲しそうな顔をしてる子供だった。一緒に遊んで、ずーっと側にいたのに。
それは誕生日パーティや親戚の集まりの時にもそのままで、ヒナコはずっと楽しそうにすれば良いのに、と思っていた。自分たちのために集まってくれているのに、嬉しくなさそうな顔をしたら、相手もきっと嬉しくない。
だから、よく言ったものだ。「ヒナちゃん、笑わなくちゃダメだよ」と。
それなのに結局いつも楽しそうにしてお礼を言うのはヒナコで、人嫌いのようにヒナゲシは距離を置こうとした。そんなんじゃ、きっと浮いちゃうのに。
そうして時が経つとヒナコの懸念はやっぱり当たって、年末年始の集いがあっても、誰もヒナゲシの名前は出さなくなった。おばさんは娘が居なくても「いつものことだから」と笑うようになったし、お兄さんやお父さんも全く気にしてる素振りは見せない。
ヒナゲシが離れる分、自分がヒナゲシの家族と近くなっていく。まるでヒナコがその穴を埋めるみたいに。
そういうことを繰り返していたから、日常にも反映されていく。普段からヒナコも気にしてくれるし、家族のように扱ってくれる。
その度にヒナゲシは能面のような顔をした。きっと家族を取られたと思っているに違いない。そんなんじゃないのに。
違うんだよって伝えるために、おばさんと接する時は敬語にした。おばさんはかなり残念がってくれたが、これもヒナゲシのため。
「ありがとうございます」
「今年は何でかこんなに余ってねぇ。いつもはほっといても誰かしらが食べてなくなっちゃうんだけど。今年に限ってお兄ちゃんも要らないって言うんだよ」
「え?」
手渡されたのはたくさんの干し柿だった。ヒナゲシが大好きだった筈の。
秋になると食べるものが美味しい、とよく持ち運び可能な栗や柿を外で食べていた。干し柿も小脇に抱えて食べていたように思う。
「これ……」
「ああ、気にしなくっていいよ。私もあんまり好きじゃないしね。それ、まだ一個も減ってないんだ」
おかしいよねぇ、毎年こんなにたくさん買ってんのにさ。
不思議現象のように笑っていたが、ヒナコは目をぱちぱちさせた。
今年はヒナゲシは干し柿を食べていないのだろうか? 毎年あんなに美味しそうに食べていたのに?
両手いっぱいに抱えた干し柿だけが置いて行かれた気になって……
「ヒナちゃん?」
妙な寂しさを覚えたのだった。