赤いのと緑の
やはりそこは異世界ですから。
「ほいっ!」
勢いよく両腕を振り上げてみる。
白い紙が重力に従い、上から下へと落ちて行く。
それはとても当たり前の光景、なのだが。
「解せん」
契約らしきことを為した後、本当に茶会のような有様になってから、オッサンと銀髪美形は出て行った。仕事があるのだという。
リーゼシアも釈然としない私のために何も書かれていない紙を手渡してから、用事があると言ってこの部屋を出て行った。
本日初めてまともに椅子に座り、摘んだ紙を矯めつ眇めつしている私、ヒナゲシ。
あれはやはり選ばれし者にしか使えぬという、魔法なのか……。
勇者特典で何とか自分も使えないのかなぁ、と色々試してはいるのだが。やはりLv1には使えない、ということか。
リーゼシアさんが置いていってくれた荷物をたぐり寄せ、水筒を取り出す。まさか一晩経ってから使うことになるとは考えなかったので、中のお茶は温くなっていそうだ。
幸いすぐダメになるような物は入れていない。良かった、アイスとか入れてなくて。個包装のチョコレートも無事である。
『その“黒いの”、何だ?』
大袋から取り出したチョコレートの包装を剥いでいると、声がした。子供特有の、甲高い。
「……」
少し躊躇って、確認すると。
『?』
赤いナニかが、いた。
2〜3歳児ほどの大きさの、赤い髪の。
目鼻口もあるし手足もあるんだが、奇怪なのはその瞳だった。瞳孔も白眼部分もない。ただ赤い瞳。
「……チョコレートっていう、お菓子」
『菓子? “それ”が?』
とりあえず相手の望む話題を振っておく。
包装を解いたそれを差し出すと、躊躇いもなく受け取る。
ぱく。
しばらくは舐めていたようだが、噛んで砕いたようだ。
『甘い!』
驚いたような表情が、まさに子供。
けど人間に白眼がないとか瞳孔がないとか、あるんだろうか?
「こっちはナッツ入り」
『ナッツ? ナッツって何だ??』
ぱくぱくぱく。
ガリガリガリ。
むしゃむしゃむしゃ。
ひとしきりその人外らしき子供とチョコを貪り食う。
喉が乾くだろうからと水筒用の小さなコップに温い茶を入れて差し出すと、これも警戒することなく飲み干した。
『苦っ!?』
「緑茶だからねぇ……」
確かに冷めると苦いかも。というか私は何でこの子とお茶をしているのでしょうか。
すると今度は目の端に緑のものが映り込んだ。
やはり2〜3歳児ほどの、ナニか。
てててと赤い髪の少年に駆け寄ると、
ガン!
と殴りつける。
赤髪の少年は悶絶した。あ、涙目。
『ってぇー……!』
『この、バカ! 何で勝手に姿見せてんの!』
ミニマムで赤と緑なクリスマスカラーなそれらが、揉めている。何かめちゃくちゃ可愛いんだが。
というか、本当に一体これは何なんだ。
髪も瞳も服も靴も同一カラー。まるでペンキを頭から被ったようだ。
『すみません、お騒がせしました』
「いえ……」
理知的な緑の目がこちらを見上げて詫びた。
その手がぐいぐい赤髪の子の頭を押さえつけている。力関係が垣間見えた。
再度頭を下げると──消えた。
「え」
この部屋の中には、私一人。
それは数分前には確かなものだったのだが。
「お待たせしました、ヒナゲシ。お服のご用意が……ヒナゲシ?」
「えええええっ」
小人さんとお知り合いになりました。
さすが異世界。