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何処

掲載日:2026/03/06

※この物語ははフィクションです

 高校生2年生。将来何がしたいか分からないままここまで来た。好きなこと。得意なこと。何も分からない。


 休日。今日は何もない。したいこともない。リビングで新聞を読んでいる父が起きてきた私に言う。「波瑠(はる)。明日食べるパンを買ってきてくれないか。」私は頷く。私の住んでいる町は田舎なので隣町まで行かなくてはいけない。駅まで歩いて行こう。

 地元の駅まで着いた。汽車は丁度ホームに停車している。無人駅のため、そのまま乗り込む。座った途端汽車が動き出す。休日なのに誰も乗っていない。珍しいな。そんなことを思っていると乗務員さんがこちらに歩いてきた。「どちらまで行かれますか?」「枝川まで。」「安和から枝川までですね。」乗務員さんが手元の機械を軽快に押す。ツーピピ!ギーギー。ビリビリ「どうぞ。」切符は買えた。今はまだ須崎駅。少し眠い。寝るか…。


 「…さん。…くさん!お客さん!着きましたよ!」慌てて目を開ける。握っていた切符を渡し急いで降りる。ふぅ危なかった。…あれ、ここ、何処?見覚えのない景色が広がっている。ホームから見えるのは左右に伸びる道路とその向こうに山があるはずだった。あるのは明らかに大きい道路とビル。高速道路も隙間から見える。「な、なんで…?」振り返ると先ほどまであった汽車はなくビル。私が立っている場所も駅ですらなく歩道になっている。訳が分からない。…でもなぜか私が行こうとしている店は何処にあるのか分かる気がする。こっちだ。目の前で明らかな異常現象が起こっているというのにも関わらず、その違和感が働かない。そのまま私は歩道を進み横断橋を渡り進む。


 知らない街。けど知っている。この歩道を曲がればカフェがあって、小さい病院があって…。やっぱり当たってる。そして目的の店に着いた。スーパーだ。「…スーパー?」おかしい。私は確かにこのスーパーに来たかった。けど、このスーパーの名前が「スーパー」なのだ。隣の病院を見る。「⚪︎⚪︎病院」などではなく、「病院」と書かれていた。ようやく違和感が働く。私は何故この街にいるのだろう。パンを買いに来たから。ここは何処だ?分からない。何故ここに来た?思い出せない。ひとまずパンを買おう。スーパーに入る。パンコーナーは自動ドアを通ってすぐ右手にあった。食パン一斤とドーナツを買った。…ドーナツは私が食べたいからだ。ビニール袋に包まれた食パンとドーナツを大きめのビニール袋に入れてもらい右手に持つ。用事は済んだのでスーパーから出ようとした。入ってくる時には気づかなかった、出口付近にぬいぐるみが売られているのが目に入った。見たことがあるキャラクターのぬいぐるみだった。私は懐かしくなった。確信した。このぬいぐるみは存在しない。ようやく分かった。この街が何なのかが。

 「私、この街を書いたことがある。」


 中学生の二年生頃だったかな。国語の授業で自分のオリジナルの本を作る時間があった。他の人は1ページ50文字を1ページから2ページ、多くても3ページ書いていたけど私は10ページ以上書こうとしていた。5ページ目を書こうとして先生に紙を貰いに行ったら、「波瑠さん。たくさん書くのは良いけど、次の授業でグループで読み合って感想も言い合わないといけないから長過ぎちゃだめ。4ページ以内に書いてくれる?」私は仕方なく話の内容を急展開させて終わらせた。内容は簡潔にいうと、「小学生の主人公が、どうしても欲しいぬいぐるみを1人で頑張って買いに行く」という話だ。本来は道中で綺麗な花に見惚れて花屋で長時間費やしてしまったり、病院の入り口で注射に怯えている幼馴染に頑張れと言ったりするといった、ほっこりする話を書こうとしていた。この話を短くしなくてはならなかったため、ただ小学生がぬいぐるみを買いに行くだけの話になってしまった。どんなぬいぐるみかすらも書かなかった。だから私が今見ているぬいぐるみは存在しない。ただぬいぐるみという概念がそこにある。


 道中の店の名前が無かったのも当時、店しか書いていかなかったからだろう。つまりこの街、この世界は私が数年前に書いた話の中なのだ。だから、この街もぬいぐるみも存在していないが、私の中には存在している。…何故私がお話の中に居るのかは分からないが…。


 さて、どうすれば元の世界に戻れるだろうか。何かヒントになるようなものが無いかやはり一旦店の外に出よう。カフェ、右手に病院、そしてスーパー。その隣はビル。さらにその隣は…何もない。建物が無いのではなく、世界が無い。ここまでしか書いていかったからだろう。ヒントとなりそうな物。今日を振り返ってみる。汽車に乗って…何故?何故私はここに来た?私の右手に持っているビニール袋の中には食パンとドーナツ。この二つは()しているからここに()()している。パンを買いに来たんだ。…何故?何故私はパンを買いに来た?頼まれたから。…誰に?父だ。でも、父はいない。父は去年亡くなったからだ。


 父は私によく「やりたいことがあるなら、やらなければならない。やるべきだ。」と言ってきた。そんなふうに私が将来の夢、職が分からないと悩んでいると相談してくれた。でも私は何がしたいのかが分からなかった。今日の朝、父は新聞を読んでいた。その父が私にパンを買ってきてと言った。それで私は今、私の書いた話の中にいる。そうか、私は物語を書きたくて仕方なかったんだ、あの時から。将来の夢が分からず悩んでいた私は、父に助けを求めていたんだ。ずっと頼っていた父に最後の助けを。そして助けてくれた。私がしたかったことに気づかせてくれた。「…ありがとう。お父さん。将来の夢、見つけたよ。私、小説家になる。今から間に合うか分からないけど、やりたいことを見つけたから。やるよ、私。」ポーン。「まもなく、当駅発の汽車が発車いたします。」後ろでアナウンスが流れる。頭だけ振り返ると目と鼻の先に汽車の入り口があった。ポーン。今度は正面で鳴った気がして向き直す。正面にも汽車の入り口がある。ポーン。ポーン。頭上と足元にも入り口が現れた。ポーン「ご乗車になられる場合は、ドア横の『あける』のボタンを押してお乗りください。」聞き覚えのあるアナウンスが再度流れてきた。


 「私、もう迷わないから。大丈夫。」

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― 新着の感想 ―
小鳥遊さん、12話まで読んでくださりありがとうございます! 情景が伝わったと言っていただけて、書き手としてこれほど嬉しいことはありません。 自由帳に頭の中の世界を書き出していたというお話、すごく素敵…
初めまして!短編拝読しました。 日常から「自分の書いた物語」へ迷い込む展開が鮮やかで、特に「店名がない」という設定が執筆時の妥協を伏線に回収していてとても引き込まれました。。 お父様との対話から、波瑠…
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