第8話 興奮しちゃうじゃないか
俺は久しぶりの熟睡を得て、眼が覚めた時には体力、気力ともにかつてなく充実していることを感じた。
エリカに案内された漂人局の宿舎と言うのは、ありていに言うと倉庫の一室に寝床を設置しただけの空間だった。
しかしそれでも、3昼夜不眠不休だった俺の疲れを癒すには十分である。
食堂で支給されたオートミールのような麦粥も、塩のみの味付けながら空腹が最高のスパイスとなって美味だった。
「よし!」
軽く身体を伸ばして体操を行うと、俺はもう居ても立っていられなくて宿舎を飛び出す。
目指すはもちろん迷宮である。
ちなみに俺は支給品のローブをTシャツの上から羽織っている。
地上は十分に暖かくて春を思わせる陽気なのだが、迷宮の中はひんやりと底冷えがするのでありがたい。
また、こちらに来てからずっと裸足だった足元にも支給のサンダルを履いている。
皮革の底に革紐が付いていて、足首までガッチリと締められるので動きやすい。
スウェットパンツの両ポケットには迷宮内で手に入れた巾着袋と、これまた支給されたピッキングツールが入っている。
なんだ、エリカは「生活の保障はしない」などと言っていたが至れり尽くせりじゃないか。
いやまあこれらの支給品も、いずれ迷宮探索の稼ぎで返済しなくてはならないのだが。
そのためにもさっそく頑張っていこう。
漂人局から迷宮の入り口がある広場までは、ほんの200mほどの道程だ。
早朝の静けさのなか、俺は足取りも軽く歩んでいく。
「お、見ない顔だが、ずいぶん朝早くから潜るんだな」
「兄ちゃん、名前を控えるから教えてくれ」
迷宮の入り口には兵士たちの詰め所があり、今も歩哨番の兵士が二人立っている。
出入場者の管理も行っているようだな。
「シュウだ。漂人局に世話になっている」
「おう、頑張れよ」
「つか、一人なのかよ。無理すんじゃねえぞ」
俺は歩哨たちに適当な頷きを返して、迷宮に足を踏み入れる。
長い石階段を1歩降りるたびに、地上の光と熱から遠ざかっていく。
迷宮のひんやりとした空気が肺腑に流れ込むたびに、俺は意識が研ぎ澄まされていくような感覚を得ていた。
普段の瞑想では何時間もかかるような意識のクリアさが、あっという間に手に入る。
漂人は定期的に迷宮の空気を吸わないと衰弱するそうだが、それは裏を返すと迷宮の空気から何らかの力を得るということだろうか?
まあいい、どんな理由であれ調子が上がるのなら歓迎しよう。
下りの石階段が終わるころには、俺の心身は臨戦態勢を整え終わっていた。
「ブヒュ!?」
奇襲の一閃を首筋に受けた豚の魔物はもんどりうって地に転がる。
魔物は立ち上がろうと石畳に手をつくが、首筋から血潮が噴き出すうちにみるみる力を失い、やがて血だまりに沈んだ。
よし、こいつらとの戦い方も分かって来たぞ。
異形の魔物とは言っても急所は普通の生物と同じだな。
まあ、骸骨やら泡の魔物やらは別なんだけども。
さて魔物退治は順調だが、問題もあるぞ。
今の一撃で剣が1本折れてしまった。
迷宮内で敵から奪う剣はやはり状態が悪く、2~3度斬りつけるとすぐに使用不能になってしまう。
このため、剣を補充できない豚の魔物に連続で遭遇してしまうと剣が減っていくのだ。
次は剣を持った相手に出会いたいところだが。
…さっそく来たな。
曲がり角を利用した奇襲パターンを使いたいが、どうやら気づかれている。
豚の魔物との戦闘中から、すでにこちらを認識していたのだろう。
カツコツと靴音を響かせてこちらに接近してくる姿は、人間に見えるな。
みずぼらしい革鎧を着込んだ男で、両手には大ぶりの曲刀と丸盾を携えている。
うーん、彼も同業の迷宮探索者だろうか。
であれば、気さくに声を交してお互いの健闘でも祈るべきかも知れない。
…うなじがチリチリする。
というか、これほどの殺気を浴びせられては第6感もなにもない。
革鎧の男は血走った眼をしていて、…いや眼球自体から赤光を放っているな。
こいつもまた、人ならざる者なのだろう。
俺が身構えると、男は一気に間合いを詰めて飛び掛かって来た。
「ガァアアア!」
袈裟斬りに振り下ろしてくる曲刀を、俺は退ってかわす。
こりゃ受け太刀はできないぞ、間違いなく剣を叩き折られるであろう強撃だ。
剣が1本しかないタイミングで盾持ちの強敵と出くわすとはな。
…興奮しちゃうじゃないか。
革鎧の男は丸盾を前に突き出しながら、上半身ごと剣筋を隠してにじり寄って来る。
盾はこれがやっかいなんだ。
よし、誘ってやるか。
俺は剣を寝かせて左脇構えにし、あえて上半身を晒して待ち構える。
どうだ、こちらの面はがら空きだぞ。
剣筋なんて隠すなよ。面を打って来い。
俺の挑発を受けて革鎧の男は一瞬躊躇するが、すぐに思い直したのか咆哮を発しながら曲刀を振りかぶる。
「ガァアア!」
「しぃっ!」
はたして、革鎧の男は右腕を力いっぱい振りおろした。
が、その手首から先が無い。
俺の斬り上げに手首ごと払われた曲刀が、ガランと音を立てて地に弾んだ。
「ギ!?」
俺は敵の怯みを見逃さず詰め寄り、左手で丸盾の縁を掴んで渾身の力で引き下げる。
すると今度は敵のがら空きの面が見えた。
俺の撃ち下ろしを遮るものは、何も無い。
「…!」
真っ向から顔面を断ち割られた男は、断末魔の声を上げることもなく絶命した。
ふぅ。
やつは盾を掴まれたせいで俺の間合いから逃れられなかったな。
向かい合うとやっかいな存在である盾にも、こういう弱点があるということだ。
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