第53話 僧兵
エリカから得られた情報は以下の通りだ。
現在は地下3階層を探索するパーティがいくつかあるのみで、俺が地下4階層へ踏み込んだことはおよそ10年ぶりのことらしい。
かつて地下4階層を探索していた当時の最精鋭パーティも、以前より難所として知られている例の迷人部屋に挑戦し、そして帰還することは無かったという。
これまでに例の迷人部屋を攻略した例は知られておらず、戦闘から離脱して生還した者の情報があるのみである。
その情報によると、やはり迷人の構成は7人。
重装甲の「戦士」が2人と、炎や氷の魔法を発動する「魔法使い」が2人、傷を癒したり仲間を補助する魔法を行使する「破戒僧」が2人と、そして一撃で探索者の命を刈り取る手練れの「暗殺者」が1人。
20年以上前に挑戦して情報をもたらしたパーティは、強力な攻撃魔法を発動する巻物による迷人集団の撃破を目論んだらしい。
実際、攻撃魔法による初撃で迷人の半数を仕留めたのだが、それでも勝利できずパーティは半壊して撤退に追い込まれたそうである。
そして、この迷人部屋を攻略した例は知られていないが、地下5階層への挑戦は過去にもあったらしい。
つまり例の迷人部屋を攻略することと、迷宮のより深層へと進出することとは無関係のようだ。
「ただでさえシュウさんは一人なんですから、絶対に無理してはダメですよ!」
そうエリカに釘を刺されたが、もちろん俺だって分かっている。
勝利を期することができるまで安易な挑戦はするまい。
「魔法の胸甲が4枚も…、鑑定料を差し引いても、これは凄い財産になりますよ」
「鑑定でき次第、換金しておいてくれ。それとこれだ」
俺は腰袋から直剣を取り出すとカウンター上に置いて見せた。
魔法の胸甲と槌鉾はおおよそその効果が推定出来ているのだが、この直剣はよく分からないので漂人局に鑑定を頼もう。
「はい、お預かりします。…それで、シュウさんは随分ハイペースで財産を得ていますが、そろそろ引退後の生活に向けた計画も考えてはどうですか?」
む、これまた興味の無い話を。
まあ、あまりハッキリ無関心を言明するとエリカの怒りを呼び込むだろうから、ここは適当に…。
「…興味がないんですね?」
いかん、鋭いぞ。
さりとて何もそれっぽい言い訳を思いつかないという、いつもの窮地である。
「もう! シュウさんだって、怪我をして探索ができなくなるとか! 病気になるかも知れませんし! いつか気持ちが変わるかも知れませんし…そ、その、家族が出来るとか…。ともかく! 地上で生活する日が来ることも考えてください!」
そりゃ随分と先の話だと思うんだがなぁ。
まあ頬を上気させているエリカをこれ以上刺激してはマズいから、ここは検討を約束して退散しよう。
と、そこへ漂人局の上階から疲れた顔をしたボドワンが、数人の男女に囲まれてトボトボと降りて来るのが見えた。
おそらく説明を担当したであろう女性と、周囲の探索者たちはボドワンが暴れ出した時のための鎮圧要員だな。
「やあ、シュウ。僕も探索者になることにしたよ。これからもよろしくね…と言っても、キミは一人でやる流儀だそうだから、探索を共にすることは無いだろうけど」
「やはり探索者になるか。お前ならすぐに上手くいくだろうが、まずは無理をせずに体力を練成することだな」
これはお世辞ではなく、ボドワンなら地下1階層程度の探索にはすぐに順応すると思う。
実際、体力はともかく剣の腕は中々の物だしな。
あ、そうだ。
もう使っていない、最初に買ったマジックバッグはこいつにやるか。
同じ漂人同士の誼で餞別にしてやろう。
「ところで、お前はどういうクラスなんだ。やはり戦士か?」
「あっ! シュウさん、それはマナー違反ですよ」
俺の何気ない問いをエリカが慌てて嗜める。
そういえば、他の探索者のクラスを詮索するなと当初に教えられたのを忘れていた。
まあクラスは自身の手の内に関わることだから、慎重になって当然ではあるのだが。
しかし、これまでに接した探索者はみな明け透けにクラスについて言及するので、あまり意識していなかったぞ。
「いや、いいよ。僕は『僧兵』だってさ、武器が扱えるクラスで助かったよ。僕は市井の商売なんて何も分からないからね…はは」
聞いてみると『僧兵』というのは、ボドワンが言った通り武器を扱う「戦士」のクラスと、傷を癒す魔法を扱う「僧侶」のクラスが融合したような、実に迷宮探索向きの才能を秘めたクラスらしい。
「まあ、急なことで驚いたけど…。元の世界には居場所が無かったからね。こうして自由を得たからには、自分の剣で身を立てるつもりで頑張ってみるよ」
ようやく表情に明るさを取り戻したボドワンは、担当となった女性に連れられて漂人局の宿舎に向かって行った。
俺はすぐに引き払ってしまったが、彼はひと月をあの宿舎で過ごすだろうか。
「庶民の生活に順応できるかは心配ですが、シュウさんのおかげで戦闘には少し自信を持てたそうですよ」
去るボドワンの背中を見ながら、エリカがそう言う。
そうか、それは良かった。
ん、庶民の生活、というのは?
「…『僧兵』というのはご領主様や王家に慮った呼び名ですが、本来は『君侯』という名称なんです。つまり、元の世界で貴い身分だった漂人に現れるクラスなんですよ」
なるほど、どうりで武術の基礎は身に着けている割にやけにお上品だったわけか。
まあ貴い身分と言っても尊大な態度でもないし、よい仲間が見つかるといいな。
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