第11話 隠し部屋のお宝
通気孔の中を這って進むとやがて空間に出た。
俺が最初に迷宮に現れた時のような真四角の部屋だ。
部屋の中には朽ちた机や椅子などの古い家具が散らばっており、壁の一角には外へ通じる扉がぽつんとある。
ふむ、隠された空間ということだな。
なぜそう分かるかというと、俺は今回の探索でこの迷宮のフロア内をくまなく探索してしまったからである。
ちょっとした村落ほどの広さがあって大変だったが、夢中になって探索を行ってしまった。
その結果、俺の脳内にはこのフロアの精緻な地図があるのだが、この部屋はその地図の中に記載の無い空間なのである。
すべて一定の長さの直線で構成されている分かりやすい地図なので、間違いようもない。
脳内地図によれば、たしかにこの空間には地図が埋まらない真四角のデッドスペースがあった。
部屋に降り立つと、通気孔からは見えなかった死角に、細身の男の彫像が静かに佇立していた。
なるほど、この隠し部屋のお宝はこれか。
彫像は宝石をちりばめたマントを羽織っていて、これを地上に持ち帰ればなかなか価値がありそうだ。
いや、この世界の宝石の価値とか知らんけど。
俺は彫像を慎重に観察し、罠が無いことを確かめる。
例の第6感も罠の反応を返して来ないが…、しかし俺自身の本来の第6感がザワザワとする。
うーん、なにかある気もするが、まあ何にせよこのマントは頂こう。
俺が彫像のマントを剥ぐと、すぐに俺の違和感に答えが出た。
彫像が動き始めたのだ。
白い石膏だった彫像が色めき、青白く生気の薄い幽鬼のような男に変貌する。
その爪はナイフのように長く鋭利で、赤光を発する双眸が爛々と俺を見据えている。
…よさそうな相手だ。
俺は男から剝ぎ取ったマントを朽ちた机に投げ捨て、曲刀を鞘から抜いて戦闘態勢に入る。
俺の準備を待っていたかのように、幽鬼は爪を振りかざして飛び掛かって来た。
速い!
またたく間に迫る幽鬼の爪撃を、俺は飛びすざって躱す。
次々と繰り出される攻撃に対して、俺は無理に反撃を狙わずにともかく距離を取る。
爪が直接武器と言うのはなかなか厄介だな。
腕の振りだけで斬撃が繰り出されるので回転が速いし、なにより5本の指がそれぞれ微妙に軌道を変えてくるので受け太刀は難しそうだ。
それに…、この臭い。
幽鬼が爪を振るうたびに、硫黄に特有の卵が腐ったような臭いと、微かな金属臭。
毒だな。
もし硫化金属類であるならば、種類がなんであれ等しく猛毒だ。
たとえばこれが硫化アンチモンであれば、爪がかすっただけでもお陀仏である。
いや、吸い込むのも不味い。
俺は呼吸を止めると、速やかに自己催眠に入って酸素リソースの管理を徹底する。
人体で最も酸素を消費する器官は脳だ。
戦闘に関する処理を残して、それ以外の全ての記憶処理や情動処理を閉鎖する。
あたかも何もない灰色の空間で、俺と幽鬼だけが対峙するような情景になった。
それ以外の物を観察して処理する脳機能が働いていないので、一気に世界のテクスチャが剥がれたような主観になっている。
さあ、なによりも有効な酸素リソース管理とは、一刻も早く戦闘を終結させることだ。
俺は幽鬼に向かって素早く駆け寄り、左手の直剣を投擲した。
顔面に突き立つ軌道で飛来する直剣を、幽鬼は右手をかざして爪で弾き飛ばす。
よし、俺の望み通りの反応だ。
「しぃっ!」
俺の右薙ぎの斬撃が、幽鬼の右腕の肘から先を斬り飛ばす。
クルクルと宙を舞う幽鬼の右腕からは、血が飛び散る代わりにキラキラとした粒子が舞う。
これ以上に硫化金属が空気中に飛散してしまえば、呼吸を止めていても粘膜から致死量を吸収してしまう。
決めるしかない。
必死で左手を振り回す幽鬼の攻撃をギリギリで見切り、髪数本の間隙で死の爪を眼前に空振りさせて、俺は渾身の振り下ろしを幽鬼の脳天に落とす。
曲刀の刃先は狙い過たず幽鬼の頭部を捉え、速度と重量から得られる破壊エネルギーを存分に発揮した。
頭頂部から胸の中央まで断ち割られた幽鬼は、ビクリと痙攣したのちに動きを止める。
…これ以上は観察していられない!
俺は机のマントを引っ掴むと、部屋の扉を蹴破って外に転がり出た。
もう扉の罠を気にしている余裕はない。
残りの酸素を消費して部屋から距離を取ると、俺は呼吸を再開して順次停止していた脳機能を再起動させていく。
世界に色が戻って来た。
記憶処理が混乱しているので、直近の出来事の時系列が主観上ではメチャクチャだ。
まあ、結果から記憶を組み立てられるので、問題はないだろう。
飛び出してきた扉を振り返ると、そこには何もない迷宮の石壁があった。
隠し扉、いや一方通行の扉と言うことか。
…あの部屋に人が住んでいたら、生活が大変じゃないのかね。
さすがにちょっと疲れたな。
今回の探索行は肩慣らしみたいなものだから、そろそろ地上に戻るとするか。
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