第10話 通風孔
「ギュ!?」
不意打ちで曲刀に斬られた犬頭の魔物は、頭部を前後に断ち割られて倒れた。
曲刀の切れ味はさほどでもないが、重さを活かして叩き割る強撃の威力は抜群である。
「ギャグァ!」
俺は魔物が奇襲に驚いて硬直している時間を最大限に利用して、左手の直剣を別の犬頭の魔物の胸に突き立てる。
さらに3匹目に向けて曲刀を振り上げるが、相手も反応して盾を掲げた。
たぶんこのまま打ち付けても盾ごと断ち切れる気もするが、現状の主武器を損耗させたくないのでやめておこう。
「ギ…ギャ!」
俺は曲刀を振りかぶるふりをして、瞬時に身をかがめ、左手の剣で魔物の膝をスパッと切り裂いた。
たまらず魔物が前のめりに倒れ込む間に、身体を回転させて曲刀をがら空きの首筋に叩き込む。
ポン、と滑稽な音がして魔物の頭部が石畳に転がり、その胴体も塵と化して消え去った。
その背後で、2匹の魔物が臨戦態勢で待ち構えている。
奇襲から一息で討ち取れるのは3匹までだな。
それ以上の数で現れる魔物に対しては、こうして真正面からの対峙がどうしても発生してしまう。
…まあ、これはこれで嫌いじゃない。
色んな闘いを、しようじゃないか。
石畳に落ちている剣の柄を蹴り飛ばすと、片方の魔物が掲げる盾に突き立った。
よし、そちらの方は盾を掲げさせて視界を塞ぐことができたので、いったん無視だ。
俺はもう片方の魔物に駆け寄り、曲刀を右から打ちつけると見せて盾の反応を釣り出して順手に持ち替えた左手の剣を魔物の喉に突き通す。
「ゲボッ…」
突き通した剣を引き抜く前から塵化し始める魔物を蹴りはがす。
最後の1匹に目を向けると、背中を見せて逃走を図っているところだった。
…興が醒めたな。
別に俺は殺戮マニアじゃないんだ。
戦意を喪失した敵を背後から追いすがって殺す気にはならない。
俺を殺そうとギラギラした眼を向けてくる敵と渡り合いたいのであって、叶うならばその果てに…。
いや、また余計なことを考えてるな。
迷宮内で集中力を乱すのは良くな…。
「うっ!?」
ついまた声が漏れてしまった。
急に身体の出力が高まるこの感覚、慣れることは無いのかも知れん。
でも前回のことがあったので、出力の向上幅を想定してイメージトレーニングはしてある。
俺はその場で身体を動かして確かめる。
うん、やはりこの現象で向上する身体出力は1割程度だな。
想定していたイメージと近いので、慣熟訓練は5分もあればいいだろう。
…む。
ちょうど俺が体の慣らしを終えようとしていたところ、こちらに接近する気配がする。
数は複数で5~7と言うところか、足音からして全て2足歩行で靴を履いているな。
やはり前回の慣熟訓練時に敵と遭遇しなかったのは偶然だったか。
俺は素早く周囲を見渡すが、迂闊なことに一本道で隠れるべき曲がり角が無い。
なんということだ、こんな失敗を犯すとは。
奇妙な現象に備えていたつもりだったが、やはりどこか冷静でなかったんだろう。
止むを得ん。
壁を登って隠れよう。
曲刀を鞘に収め、左手の剣を口に咥えて、俺は壁の凹凸をつかみ登り始める。
腕の力で天井付近まで登ると、天井と壁面の90°角を利用して手足を突っ張って身体を固定した。
俺が息を潜めていると、眼下に武装集団が現れた。
…またこいつらか。
「んん…、またこの気配」
俺の真下に差し掛かったのは、先日も遭遇した6人組だ。
例によって最後尾の女斥候に気づかれそうなので、俺は瞬時に自己催眠に突入する。
「おい、またかアニタ。前もそう言って、なんでもなかったじゃねえか」
「うん、でもさ…」
6人組の集団は立ち止まって言葉を交わしている。
今回は口に剣を咥えている関係で呼吸が厳しいから、早く立ち去ってくれないかな?
「アニタにも不調はあるってこった。まあ、女の日ってこと…あ、いてぇ!」
「死ね!」
軽口を叩いた前衛の男が、女斥候に尻を蹴り上げられて苦悶している。
一団は笑いに包まれて、先ほどの緊張から解き放たれている様子だ。
…いや、それはいいんだけど早く立ち去ってくれないかな?
「なんで蹴るんだよ、俺はお前のことをかばったんだぞ!」
「ダリオはデリカシーに欠けるのよ」
「ふんっ!」
「まあまあ、二人とも続きは地上にしてくれよ」
俺の眼下で一団はワイワイと騒がしい。
なるほど、尻を蹴られた男はダリオで、女斥候はアニタか。
一見すると仲が悪そうだが、ダリオが尻をさすっている様子を見てアニタもクスリと笑みを漏らしている。
案外お互いを憎からず思っていたり…いやそれより早く立ち去ってくれないかな?
そろそろ息が苦しくなってきたな。
天井付近の酸素が薄くなくて良かったぞ…、いやむしろ下よりも空気の流れがあるな。
さっきまでこの空気の流れは無かった気がするが、いったいどこから。
あ、あれか。
俺の隠れている場所の反対側、天井近くの壁には通風孔のような四角い穴があった。
こんなものがあったとは気づかなかったな。
まあ、ただでさえ薄暗い迷宮内で10mもの高さにある暗い穴なんて、それと知っていなければ見つけられるものでもないか。
現に俺が発見したのも全くの偶然だ。
「おら、いちゃつくのは地上にして、さっさと帰ろうぜ」
「誰が!」
「まあまあ、なんだか今朝はエリカの機嫌も悪かったしよ。今日は早いとこ無事な顔を見せてやろうぜ」
お、やっと一団が立ち去ったぞ。
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