Ⅲー4 腐った魚の目が睨んでいた
Ⅲー4 腐った魚の目が睨んでいた
その目にはどんよりと白い幕が掛かっていた。釣り上げられてしばらくたったような魚だった。その目が私の前にあった。
私をのぞき込むように小さな黒目が睨んでいた。ああ、そうだ。そんな目がクラスの皆に嫌われたんだよ。いじめられて涙を流す前に、決まってお前はそんな目をしていたじゃないか。
「お前も、よく俺をいじめてくれたよな」
伊藤は言った。
今度はこちらを見ず、厚手のグラスを見ていた。
だいぶ遅くなってきたらしく、テーブルに空きが目立つようになった。にきび面の店員がこちらを見ている。目が合うと、顔を背けて長髪を左右に手櫛でなで分けた。細い足がリズムを刻んでいる。サア、白状シチマイナ。
「佐々木の親父が会社やっていただろ。いま、佐々木がやってんだけど、その親父の紹介でこの辺りで働いていたんだ。だけどぉ、ずっと前にやめてよ、はっきりいって面白くなかったの。それで、佐々木の所に行ったら、いい顔しないじゃん。それでさあ、ここにお前がいるって、佐々木は言ったんだよ」
伊藤は目を見開いて、こちらを見た。
小さな黒目が濁ったような白さの中で、さらに小さく点のようになっていた。
みんなに嫌われた目でまた私を見ているのだ。そんな目で私の出方をじっと窺っているのかい。
伊藤の話から、伊藤は私の仕事先の近くで私が出てくるのを待っていたのがわかった。その執拗さに内心驚いた。
Ⅲー4 腐った魚の目が睨んでいた。
「ほんとに、はっきりしない子ね」
担任が我慢しきれなくなったときの口癖だった。
クラスの皆は、担任の口まねをして伊藤を囃した。
「伊藤君は、はっきりしない子ね、ほんとに」
そんなとき、伊藤は点になった目で皆をじっと見つめた。私は、そんな伊藤が怖くなったのを覚えている。
「はっきり言って、いま景気悪いだろ。俺のガキも働きに出てるんだけど、はっきり言って町工場で、下請けで、ぜんぶしわ寄せきちゃってるの、はっきり言って。それで、休んだり出たりでよ、はっきり言って俺も同じで……」
伊藤は呂律が回らなくなってきた。そろそろ帰ろうか。私と目が合った店員が勘定書をもって近づこうとした。
「もう一杯でどうだ」
ああ、いいよ、と私は答えてしまった。