超人陥落(完)
生活が安定した後、故郷の様子を調べたことがあった。
父母や兄弟、幼馴染などリドウに関連した人々は、しばらく軟禁された。
だが、それ以上の罰を受けることはなく、そのうち元の生活へと戻った。
村長を始めとした代表者たちは難しい顔で相談をしていたが、どうでもいい。
何人か暗殺者を送り込まれたこともあったが、それもタルンポ島に来てからはパタリと止まった。
「……名前を聞いてもいいですか? 私はリドウです、性はありません」
村の名前が苗字になるのが通例だが、断固として拒否した。
「そうだな、キョウドと呼べ」
「キョウド……?」
少し引っかかった。
「匈奴、郷土、いや違う、まさか嚮導と言いたいわけではありませんよね?」
嚮導とは、先に行き導くことを言う。
日本語だ。
「そういうお前は利導だ」
よい方向に導くという意味だ。
「たまたまですよ、少なくとも両親はそれを意図して付けたわけではありません」
言いながらリドウは睨みつける。
このキョウドは、日本のことを知っている。
リドウよりも子供にしか見えないが、どうやら女性だ。
表情の乏しいその人間は両手を広げた。
「一つ、疑問がある」
「なんですか」
「リドウ、どうしてお前は日本を買わない?」
「は?」
「オレであればそうする、ありとあらゆる手段で金をかき集め、日本という国そのものを買い取る。それは、決して不可能ではないはずだ」
「なにを言っているんですか」
「買ったものが転送される、そうだな?」
リドウの周囲にある物品を指し示しながらの言葉だった。
「……ええ、そうです」
「その大きさに、おそらく上限はない。金銭的に得たものを、この世界へと呼び寄せることができる、お前の能力は、そのような規格外だ」
車ですら買えた。
住居ですら、郊外にそのまま建てることができた。
「……そこまでの金はありませんよ」
「この世界ではありふれたものが、向こうでは価値を持つ。ただの石ころのようなもので家が買える。時間はかかるが可能だ」
錬金術を始めとした魔術も、この世界にはある。
価値を創造することができる。
「向こうとこちらでは貴金属と呼ばれるものの価値が大きく異なる、そして、買ったものすべてはこちら側に引き込める」
キョウドはかすかに笑った。
「なあ、リドウ、日本を買え。それでこの世界を制覇しろ」
夢物語だ、と言おうとした。
だが、たとえば日本という国の借金すべてを買い取ることができたなら、どうなる。
あるいは多数の政治家に、書面に残らない形の莫大な献金をしたのなら……
多少の無茶な要求も通るのではないか。
たとえば、形の上でだけ、実際には何の効力もないが書面の上でだけ購入したことにすれば、転送可能の条件自体は整う。
「無理です」
「なぜだ」
「不可能ですよ、それは」
「……理由も言わずに否定をするな」
リドウはため息をついた。
目の前の子供は情報収集こそしているが、「必要以外の情報」を収集していない。
「キョウド、あなたは超能力者だ」
「……なぜそう思う」
「魔力的な痕跡がありません、その上で防護を突破できる手段は、あまり多くはありません」
「そうだな、確かにオレは瞬間移動を始めとした力が使える」
「ほとんど無敵の能力じゃないですか」
「だからこそ、退屈だ」
「退屈しのぎに世界征服をしようとしないでください」
「それだけではない」
少しムッとしていた。
「この世界には人間が少ない、大抵は獣との融合体だ」
「そうですね」
「純粋な人間を、輸入する、そうした意味合いもある」
こちらでは希少で、向こうの世界でありふれているもの、その最たるは「人間」だ。
現在、純人類が肩身を狭い思いをしているのは、単純にその数の少なさが原因だ。
「強制的な移住は問題ですよ」
「どこがだ」
「……人権、ってこっちには概念としてもないんですよねぇ」
「じんけん……」
キョウドの苛立ちはさらに大きくなった。
「わけの分からないことを言うな。そもそもオレとオマエとの戦力差が理解できていないのか」
「あなたがその気になれば、確かに私はあっけなく死にます」
「外にいる猫人や鳥人、お前の後輩とやらが束になったところで無意味だ」
「ええ、それだけあなたは強い」
「ならば、オレの要求を飲め」
「嫌です」
「お前――」
限界に近いその苛立ちに、スマホを突きつけた。
「そんなことをするより先に、召喚します。すでに購入ボタンは押しました、30秒以内にキャンセルしなければ現れますよ」
「……は?」
画面に映し出されているものは、とても平和な光景だ。
「いいんですか、来ますよ?」
「お前、何を言っている、そこに映ってるのは、猫だ」
一匹の子猫が転がっていた。
「猫人ですらない、ただのペットだ。戦力にはならない」
「ええ」
リドウは頷いた。
「私やあなたを殺すかもしれない、ペットです」
知識収集を怠るが、理解力自体は悪くない相手に告げる。
「近年の日本では、いえ、あちらの世界では、病が蔓延しました」
COVID-19と呼ばれるそれは、いわゆる新型コロナウィルスだ。
「ただのモノであればともかく、生きた動物ともなれば、潜在的にかかっている可能性が高い。たとえ今この瞬間に私を殺しても、召喚は実行される。私は死ぬが、あなたもまた助かることがない」
実際のところ、ペットから人間へ感染した例は少なく、ほぼ無いと言っていいが、余計なことまでは言わない。
「……」
この状況では、「その可能性がある」というだけで十分だ。
「そもそも、知っていますか?」
「何をだ」
「この世界に純粋な人間の数が少なく、動物要素のある人間のみが増えた、その原因についてです」
「それは……」
「簡単です。「向こうの世界で流行した病気」が、定期的にこちらの世界へと運ばれているからです」
純粋な人間が激減した理由だ。
この世界の召喚能力者たちが、パンデミックの要因を輸入し続けた。
「天然痘、黒死病、スペイン風邪、結核、マラリア……様々な病が蔓延した」
それらは一度、地球で猛威を振るったものだった。
人間だけを狙い撃ちにした実績があった。
「日本を買い、この世界に召喚する? 御冗談でしょう。それは世界征服どころか「この世界の人間」の確実な破滅です」
動物と混じったものたちは免疫系の違いから生き残るが、純粋な人間は滅ぶ。
「嘘だ」
「試しますか?」
どの程度かはわからないが、心もある程度は読めるのだろう。
子供の顔色はひどく悪い。
「かつて私は、村民から殺されかけました」
今となってはその判断もわかる。「その気になれば純人類を抹殺できる人間」を許容できるわけがなかった。
一人の人間と村民全員どころか、一人の人間と全純人類の命だ。
善意や理性は、あまりに細すぎる保証だった。
タルンポ島という他から隔絶された島という環境にいるからこそ、彼らの追求は止まった。
「人類のためを思えば、私を殺したほうがメリットは有ります。彼らの判断は正しい」
とはいえ、黙って殺されるつもりもなかった。
いざとなればボタン一つで実行する。
「リドウ、お前――」
「けれど好んでそうしたいわけじゃない」
「……」
「だからひとつ、別の提案があります」
「なんだ……」
「あなたは、退屈しているのですよね?」
世界などと大きなことを言っているが、根本的な行動理由はそれだ。
「だったらどうした」
「……仕方ありません」
ため息をついて別のものを購入する。
それは、今まで決してこの世界に持ち運ばなかったものだった。
ゲーム、というものがある。
物語形式のものもあれば、多人数で競い合うものもある。
FPS、MOBA、格闘、麻雀、ターン制ストラテジーなど、その種類は多岐に渡る。
地球では、こちらとは比べ物にならないほどゲームが洗練されていた。
一人用のゲームですらそうだ。対人戦ともなると「最適解の裏を取る」選択があり、攻略に果てがない。
負けた時の悔しさにも果てがない。
「クソ、この、この……!」
「すいません、ゲームをするなとは言いませんが、静かにはできませんか?」
執務室の後ろで、キョウドは携帯ゲーム機を手に沸騰していた。
「リドウ! こいつチートだチート! BANしろBAN!」
「私は運営ではありません」
「おかしいだろ、なんであそこから逆転できるんだよ!」
この世界では個体差が大きい。
戦いは一方的かつ圧倒的になる。
だが、念入りに戦力調整されたバランスの上で、超能力などのズルを封じた上で行う「全力」は、キョウドを沼に沈めた。
敗北と成長と達成感の繰り返しという沼だ。キョウドは生まれて初めて勝利の喜びと、悔しさだけがデメリットの敗北を味わった。
電波的なやり取りが可能となるのはリドウの近くに限られるため、ほぼ24時間一緒にいた。
「……予想以上にハマりましたね……」
「は? 違う、ハマっていない。こいつがズルするから分からせてやらないといけないんだよ。当然の報復を変に言うな」
「そうですか」
「あ、そろそろ配信時間だ」
「それ、止めません?」
「やだよ、オレがゲームしてるの見せるだけでみんな喜ぶんだぞ」
「色々危険なんですが……」
「収益化ってどうやってやるんだ?」
「我々は日本における住所がありません、通常は無理です」
「通常じゃない方法ならあるな?」
肩をすくめた。
かなりグレーな方法であるため、取りたくない選択だった。
そして結局、その手段は実行されることはなかった。
収益化よりも前にキョウドが炎上したからだ。
配信中、ベッドで寝ているリドウの姿が映り込んだことが原因だった。「いつも一緒にいる、離れるわけがない、寝る時? どうだろ、だいたいオレいつも寝落ちしてるしな」というキョウドの言葉が追加燃料となった。
沈静化させるべく、日本から見れば異世界の様子をライブ配信したが「AIの進歩すごいね」だけで終わった。
あの手この手でどうにかしようとしているが、その努力の結果は「頭は悪いが技術力がすごいやつ」という認知に繋がりつつある。
「だーかーらー! オレ異世界人、お前らから見ればな? 違うっての、設定じゃねえ! だからスパチャも無理なの! なんか日本語訛ってね、とか言われても知るか! こっちじゃこれがネイティブだ!」
監督官の周囲には、常にぶつぶつと手元を覗き込みながら呟く危ないやつがボディーガードとしてついた。
監督官の身に危険が迫ると、最優先で叩き潰す。
その表情はひどく必死で、まるでこの世で最も大切なものを守るかのようだった。
定期的に言う「唯一のWIFIアクセスポイントを守ってるだけだ」という言葉は、意味不明な照れ隠しとして受け取られた。
何人かの生徒が振られたと嘆いた。
「どうして……」
いつの間にか消えた恋愛フラグに監督官もまた嘆いたが、そのボディーガードは、決して傍から離れなかった。
ここで一区切り
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