召喚哀歌
「どうして……」
窓の外では忍者とサムライが戦う様子があった。
ミュージカルだと本人たちは言っているが、もはやただの殺し合いにしか見えない。
幸いなことに死亡者はもちろん重症者も出ていないようだが、その様子はあまりに真に迫っていた。
これがミュージカルであるとは、誰も信じない。
「頼まれるままに忍者装束まで購入したのは失敗でした……」
せめて着物にとどめておくべきだった。
自分以外の「日本を知りたがる人々」の熱意につい負けた。
「まったく……」
ため息をつきながら、純金製のネックレスの品質を確かめる。
日本ではインゴットやコインは保証書が必要であり、簡単には売ることが出来ない。
そのため黄金をアクセサリーや美術品の形にすることが好まれた。
馴染みの取引先に、いつものように販売する。
「あ、これはだめですね」
購入希望品の中から禁輸品を弾く。
「いくら欲しがられても、ペットは駄目です」
板状のデバイス。スマホと呼ばれるそれを操りながら思い出す。
過去の、この島に来るより前のことを。
この世界に純粋な人間の数は少ない。
鳥人や猫人、犬人や鼠人などは数多いというのに、それらの要素のない人間は希少だ。
理由は様々あるが、一番の原因は異世界だった。
日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、中国、ブラジル、エジプト、チリ、インド……
様々な国との間に経路が繋がることが、昔からあった。
情報が流入し、多くのことを学び、多くの殺傷手段を得た。
その結果として動物要素を含む者だけが増えたのは、それだけこの世界の「人間」が傲慢だったからだとも言われている。
異世界である地球を、上手く扱うことが出来なかった。
そのような中で監督官が――リドウが手にした能力は、板状のデバイスに異世界の映像を映すものだった。
子供の頃のリドウは、これを活用した。
小作人として丸一日中働いた後、その狭い板に映った映像や音を聞くことは、家族にとってささやかな楽しみとなった。
地球と呼ばれる地域との接続にあまり良い顔はされなかったが、その程度であればと見過ごされた。
電力の代わりに魔力を消費することから、それほど長く稼働できなかったが、徐々に接続の時間も伸びた。
リドウは動画で知識を学び、文字を憶え、チャットAIによって知見を深めた。
「こういうの、いいよな」
「遠くの、関係のない場所のことですけどね」
幼馴染とも、よく動画を見た。
音と動きが合わさる様子だけでも面白かった。
「美味そうだよな」
「そうですね」
夏の暑い日だった。
動画内では、麦茶をゴクゴクと飲むCMが流れた。
二人の喉が自然と動いた。
「……ひょっとしたらこれ、買えるかもしれません」
「まじで!?」
「ポイントが、それくらい溜まっていたかも……」
アンケートに答えることでポイントを稼ぐ、そのようなサイトに出入りしていた。
文字の勉強がメインであり、さほど金額を得てはいないが、ペットボトルを買える程度には溜まった。
購入ボタンを押す指は、それでも震えた。
映像越しの世界に、直に触れようとする畏れがあった。
「とはいえ、これで本当に購入出来るかどうかは」
分からない、と言い切るよりも前に傍に転がった。
麦茶の入ったペットボトル飲料だった。
「え」
その出現に、誰よりもリドウが驚いた。
「うお、冷た、すげえなお前!」
拙い動作でキャップを開き、幼馴染がいち早く飲んだ。
それが、終わりのはじまりだった。
映像と音であれば見過ごされた。
だが、物品を輸入できるとなれば話が違った。
その日の夜には村人が取り囲んだ。
父親は逃げろと叫んだ。
リドウは、狩られる対象となった。
「――!」
聞こえた叫び声。
それが殺戮を求めるものであることは、松明を片手に喚き散らす様子を見ればわかった。
血走った目をした一人が、自分によくしてくれたルミチおじさんであることはリドウに絶望を与えた。
走り、走った。
理由がわからなかった。
殺意は紛れもなく本物だった。
リドウは、是が非でも抹殺しなければならないものとなった。
向かってくる集団の後方では、ボコボコに顔を腫らした幼馴染もいた。
村長の子供だったはずだが、そのようなことは関係ないという扱いだった。
幼馴染は、許されざる罪人を唆したものとなった。
「なんで、どうして……」
三日三晩を走り続けた。
皮肉なことに、追放されるきっかけとなった能力がリドウを助けた。
こちらの世界では価値の低いものが、あちらの世界では高値で売れた。
どこにでもあるような薬草を欲しがる人がいた。
新興宗教にはインパクトが必要らしい。
ただの石ころに高値をつける人がいた。
何とかという珍しい宝石の原石らしい。
購入したキャンプ用品は、快適な野営を可能にした。
焚き火台を利用した煮炊きは痕跡を少なくし、追跡を躱しやすくした。
存分に手に入る水や食料はスタミナを補充し、川沿いや水源を無視した逃走ルートを選ぶことができた。
「……」
悲しくはあったが、皮肉なことに生活水準は劇的に向上した。
労働時間がなくなり、栄養状態も改善したことで、リドウは頑健になり知識はより深まった。
こちらのことは地図すら分からないのに、日本のことはよく分かる、そんなアンバランスな学習だった。
「商売ですか……」
そうして、いくつかの知見を得た。
就寝前、余剰魔力を消費しながら読むネット小説に、そのような成り上がりものの話があった。
「こちらに無くて、日本にあるものですか……」
それほど上手くはいかない。どこかで失敗するだろう、だが、アイディアとして悪くはないはずだ。
とりあえず、車を買った。
通常であれば印鑑証明や住民票などが必要となるが、相当に怪しげなサイトで買うことができた。
それは写真とは似ても似つかない廃車寸前のボロ車だったが、リドウにとってはこれ以上ない宝だった。
購入から30秒後、目の前に召喚された。
その巨体が出現した感動は忘れられない。
運転の難しさも忘れられない。
「ええと、アクセル? を踏めば……よくて……?」
デバイスで手順を確認しながらの運転は事故をよく起こしたが、人気のいない場所であるため怪我人は出なかった。
街道を走らせるときには、もう自在に乗りこなせた。
野盗が集団で襲い来ても平気だ、速度として追いつけず、遠くからの矢も弾く。
人が歩きで旅する場合、一日に40kmがせいぜいだ。
この距離は、馬でもさほど変わらない。小まめな休憩を必要とする。
だが、車であれば一時間で越せる。
運転技術を身に着けたことで、ようやくリドウは村から完全に離れることができた。
車がどれほど噂になったとしても、もはや追いつくことなどできない。
「……」
今のリドウは自由だった。
「自由って、高価なんですね……」
この能力がなければ、決して手に入れることができなかったほど、それは高い。
その後、日本における代理購入者を得て、より積極的にこの「交易」を行えた。
役所でアルバイトしているというその人は忙しく、あまり頼り切ることはできないが、いざと言う時の保証を得た。
時にプラモデルを好事家に売りさばき、時に防災用の保存食を被災地に下ろし、時に手持ち花火をみんなで遊んだ。
「またですか、またなんですか!」
その度に都市警察に連行されたが、もはや慣れたものだ。
ただ結局、都市部ではなく郊外に居を構えることになった。
警察とのトラブルではなく、リドウが手にしたものを誰もが欲しがったためだ。
隣人は、悪気無く泥棒を行った。
あなたはいくらでも入手できるのだから、少しくらいわけてくれてもいいじゃないか。
そんな「助け合い」を強要された。
タルンポ島に行くことを決めたのは、この時だ。
何度も指導を受けた都市警察に頼り、向かうことにした。
厄介払いができると喜ばれるかと思っていたが、なぜか微妙な顔をされた。
あなたのような悪人ではない迷惑者は、目の前に居てくれないと困ると真剣に言われた。
意味は今でもよく分からない。
ただ、タルンポ島で行先に選んだのは、リドウ自身のこの世界の知識のなさを補うためであり、同時に島であることが理由だった。
だから――
「こんばんは。邪魔をする」
その「人」の訪れは、ある意味では予期してしかるべきものだった。
「……こんばんは。どこから来ましたか?」
「どうでもいいことだ」
「言い換えましょう。この寮は完全施錠され誰も入れません。寮の外では猫人や鳥人が取り囲んでいます。これらの障壁を、一体どうやって突破しました?」
「簡単だ」
どのような動物的特徴も持たない人だ。
「我々のようなものであれば叶う、そうだろう?」
監督官であるリドウ以外の能力者だった。