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鳥人演戯


「どうしてこのようなことに……」


監督官であるにも関わらず、授業はオンラインで受けることとなった。

日本から購入したパソコンやモバイルバッテリーやカメラを駆使して、生徒会寮から出席した。


「諦めてくれればいいのですが……」


ちらりと外を見れば、瞳孔が縦に割れた目がいくつも光っていた。

決して逃せぬ獲物を見る目だ。


猫人達とは思えないほどの根気と集中力を発揮していた。


「迂闊でした……」


それほどのものだとは考えていなかった。

提供したスティック状の猫エサは、瞬く間にタルンポ島を席巻した。


あの猫人が構築した販売ルート上にいた全員が鞍替えをし、その価値はとどまることなく上昇をつづけた。

製造から2年という賞味期限の長さもあり、同じ大きさの黄金よりもよほど高い価値となった。


ただし、貨幣代わりにはならない。

蓄えるより先に猫人が食べる。


「まったく……」


授業が終わり、復習をしていた。

遠隔でのカメラ切断が上手くゆかず、つけっぱなしにしていたが、その内の一つに妙なものが映り込んだ。


「んん?」


人だった。

白鳥の特徴を色濃く残す鳥人だ。


「こんにちは」


白い羽毛に覆われた体に、穏やかな表情が乗っている。


「はい、こんにちは」


授業を受けるため、発声も行えた。

マイク越しだが会話ができる。


「ご相談があるのですが」

「……なんでしょうか」


猫人騒動のために生徒会は事実上マヒしている。

後輩からは「なにしてんの?」と素で呆れられた。


こうした形で相談や指示をすればいいのかと、今更のように監督官は気付いた。


「あなたはこの世界とは異なる、外なる国との取引ができるのですよね?」

「そうですね、監督官をやれている理由でもあります」

「なるほど」


頷くその人は、とても穏やかだった。

ステージ上で優雅に踊っていた姿を思い出す。


ほっそりとした立ち姿のまま、穏やかに尋ねた。


「銃火器って一度にどれくらいの数、購入できます?」

「ちょっと待ちましょうか」

「できればストッピングパワーの高い銃がいいのですが」

「銃撃戦でもするつもりですか!? というか詳しいですね?!」

「うふふ」

「優雅に笑っても騙されませんよ」


ちなみにストッピングパワーとは、銃弾によって相手をいかに行動不能に至らせるかという概念だ。

貫通力が高すぎる弾丸は、「弾丸を命中させたけれど、失血死までの間に相手が反撃する」という状況を発生させる。


「気付いたのです」

「何にですか」

「私自身の不明と、至らなさについてです」

「銃器の購入を自分探しに繋げないでください」

「いいえ、違います」


言いながら、鳥人は一冊の本を取り出した。


「欲しいものは、経験です」


地球と呼ばれる場所から輸入したものだった。

銃による革命の葛藤と歓びを描いた台本であり、ボロボロになるまで読まれていた。


監督官が持ち込んだものではなく、他の能力者が取り寄せたものだ。


「ここに書かれている、銃に関するリアリティが欲しいのです」

「だから銃の購入を?」

「だって、撃った感触がわからないんですもの」


そのあどけなさが、むしろ恐ろしかった。




鳥人と呼ばれる種族は多くいるが、その大半は歌と踊りを得意とする。

どの種族が一番かを言い出せば争いが絶えず、時には七日七晩にも渡る合戦が繰り広げられる。


力による戦いではなく、歌と踊りによる決着だ。

相手が感服するか、さもなければ力尽きて倒れるまで続けられる。


その中で、地球からもたらされた『ミュージカル』は衝撃的だった。

それは新たな概念による暴力だった。


踊りや歌は、それぞれ独立したものだ。

同時に行うことを得意とするものもいたが、それは両方を台無しにする愚かな行為として扱われた。


そこに、「歌と踊りにより物語を表現する」手法が現れた。


鳥人の多くが、完全にやられた。


それは、すべてを上回るワイルドカードだった。

一つの新たな世界が出現した。

誰もが目を奪われた。

己の歌と踊りを止め、物語の行く末を知りたがった。


だが――


「この台本に書かれている、射殺した後悔や、銃を手に突進することの恐れが、どうしてわからないのです。それがどのような恐怖か、どれほどの威力か、頭では理解できても心ではわかりません。だから――」

「だから?」

「だから、実際に銃を使った武力革命を起こすしか……」

「ンなわけがないでしょうが」

「どうして?」

「素で聞かないでくれませんか? なに無意味に大量殺戮を起こそうとしているんですか」

「無意味ではありません、ミュージカルのためです。人命の一億や二億くらいは捧げるべきです」

「ミュージカルとは邪教ですか?」

「はい」


迷いのない断言だった。


「あかん……」

「より正しく言えば、宗教も邪教も老いも若きも含めた世のすべてを表現するものである以上、当然それも含まれます」


完全に信じ込んでいた。

完璧なミュージカルを行うためには、完璧な経験が必要であると。


「どちらせよ、無理です。購入できません」

「現在、わたしの賛同者がそちらを取り囲んでいます」

「脅しは止めましょう」


気づけば周囲に猫人の気配は消えていた。

代わりに、もっと別の物騒な気配がある。


「物理的に無理なんですよ、取引先にはそれがありません」

「スポーツ用品コーナーに置いてあると聞きましたが」

「それは別の国です。こちらが取引している日本にはありません」


その国ですら、購入時には社会保障番号を必要とするなどの対策があり、そう簡単には手に入らない。


「嘘ですね」

「あなたの国では猫缶を巡る部族間闘争は起きていないでしょう?」

「何を言ってるんです?」

「欲しい場所では誰もが求めますが、欲しくない場所ではその存在すら忘れ去られる、そうした例はいくらでもあると言っているんです」

「外なる世界は一つではないのですか?」

「我々の世界に国は一つですか?」

「――」

「国により常識も風習も物品も異なります」


納得はしたが完全にではない。羽根の動きには、そのような苛立ちが込められていた。


「……日本でも、多くの種類が取り揃えられている店がある、そうも聞きました」

「エアガンですか?」

「おそらく、それです」

「偽物であり殺傷力はありません、それで良いのであれば確かに可能ですが」

「失礼」


鳥人は手元の台本を確かめた。


「だめですね、銃弾で眼球が吹き飛ぶシーンがあります。威力が足りません」

「それ本当にミュージカルですか?」

「現実の経験を求めたのです、やはり本物でないと……」

「もはや単純に銃を撃ちたがっていません?」

「踊るためには殺さなければ」

「手段と目的が既に逆です」


ミュージカルのために銃撃戦を行おうとしていたのに、もはや銃撃戦のために銃を手に入れようとしていた。


もっと言えば、ひりつくような殺し合いの実感だ。

歌と踊りによる争いをしていた鳥人たちにとって、それはあまりに縁遠いものだった。


「……別の提案があります」

「別の銃を?」

「いえ、違います。ミュージカルには、さまざまな種類がありますよね?」

「はい」

「その中に、サムライは登場しませんでしたか?」


鳥人はきょとんとした顔になった。



日本刀、というものがある。

銃刀法により取り締まられており、持ち運ぶことすらままならない武器だ。


だが、きちんと登録証のある刀であれば、購入や所持は違法ではない。

所有者変更の届けを各都道府県へと提出する必要があり、海外へ輸出する際には古美術品輸出鑑査証明などがいるが……


「……異なる世界へ輸入する際にどうするべきかについては、どれだけ調べても分からなかったんですよね」


そもそもこれが輸出入に――他国との取引であるのか曖昧だ。

果たして異世界とは「他国」にあたるのか?


「……黙っていれば分からない、ということで」


監督官は、法的なグレーに目をつむることにした。


このままでは、鳥人がどのような暴発をするかわからない。

エネルギーの流出先が必要だった。


そして日本刀の輝きは、鳥人を夢中にさせるのに十分だった。


「これは、妖刀だ、絶対に妖刀だ、だってだって……」

「抜けば玉散る氷の刃……」

「ふひ……ひひ……」


何十人もの鳥人たちが日本刀を手にうっとりとしている様子は、割と恐ろしいものではあった。


いままでその輪郭すら分からなかった日本刀による戦闘――「殺陣」というものを実感した。

本物を手にして踊り歌う選択肢を得た。


「まったく……」

「あ、監督官、ありがとうございます!」


鳥人はとてもいい笑顔だった。

きっと誰もが見惚れたはずだ。

手にしたその刀が血で濡れていなければ。


以降、日本刀を手にしたミュージカル集団が監督官の配下となった。

カメラ前で舞踏するかのように切り合う彼らの姿は、狂信者そのものだった。


監督官の評判が著しく下がった。

逆らう者に武力制裁を行う圧政者――周囲からは、そのような所業であると見られた。



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