猫人遊戯
「この世は退屈だ、そうは思わないかね!」
そう叫んだのは猫人だ。
猫の要素を多く持つ人間だ。
生徒会尋問室にいるとは思えないほど意気軒昂だった。
「あまり賛同はできません」
「誰もが日々に飽いている、もっと刺激を、もっと新しい歓びを! 見たこともない景色を見たい、誰も知らない未知を得たい、これは世に生を受けたのであれば思う当然の権利だ、その活動を、どうして君たち生徒会は邪魔するのだね?」
「ここが島だからです」
「だから?」
「本国からの支援は限定的です、自治による統制は必要です」
「統制! ハッ! 統制と言ったかね君! 人が生きるとはすなわち混沌だ、形に留めることなどできはしない! まして、ここがどこだか言ってみたまえ」
「学院島であるタルンポ島ですね」
「そうだ! 各種の人間種族の学生が住まう土地だ、かく言う私もまた猫人だ。君の種族はピンと来ないが何らかの亜種であることには違いないだろう、まさに! そうまさにこのタルンポ島はこの世の有り様そのものだ! そこに規則など当てはめられるはずもない!」
「そうですか」
「なんだねそのやる気のない返答は!」
「ですが――」
「逆接など認めない」
「いえね、だからと言って、多幸感をもたらす薬物の、違法栽培を認めるわけにはいかないんですよ」
猫としての要素を多く残す顔が、渋いものとなった。
一瞬だけだった。
「それは刺激と歓びと未知を得るための手段だ! やましい気持ちなど微塵もない!」
「仲間の猫人に密売していませんでしたか?」
「より大規模な栽培のためには資金がいる! 最低限の儲けであり良心的な商売だ!」
「元の十倍以上の値段で売りさばいているとの報告がありますが」
「密輸入代金は高くつく!」
「いえ、その密輸入代金の十倍です。さすがにこれを良心的と言うのは……」
「なんだい、さっきから君は人のことを邪悪な麻薬密売人のように扱って」
「邪悪な薬物業者に尋問中です」
「心外だ!」
「やけに良い服を着ていますよね、ボロ儲けしていませんか?」
「正当な取引の結果だ、私の栽培したアレに習慣性はない!」
「本当に?」
「……ちょっと、ほんの少しだけ、欲しくなってしまうだけだ」
「こちらの目を見て言ってください」
「だって!」
両手で机を叩き、叫んだ。
「この島には、マタタビがないんだぞ?!」
「珍しいですよねぇ」
世界的に類似のものが自生しているが、このタルンポ島には無かった。
この猫人は、それをこっそり栽培して売っていた。
「皆が欲しがっているものを提供する、それのどこが問題だというのかね!」
「マタタビで酔っ払った猫人が暴れ狂ったんですよ、非常に迷惑です」
「それだけストレスが溜まっていたんだ!」
「マタタビパーティの後、家が一軒なくなっています」
「爪とぎだ!」
「破壊力が強すぎます」
「ちょっとだけ魔力が漏れただけじゃないか!」
「必殺技名を叫ぶ声が聞こえていたそうですが」
「一生懸命考えたオリジナル技だ、誰だって披露したくなるものだろう!?」
しばしの睨み合いの後、男がため息をついた。
学生の身でありながらこの島の監督官を任じられたが、やはり不相応だと思えた。
「ふ、諦めてくれたか、そう、あの妙なる天上の法悦がなければ我々としても……」
「これ以上続けるつもりなら、猫缶の輸入を止めます」
「ごめんなさい、反省しています、どうかそれだけはご勘弁を」
監督官の能力だった。
日本で販売されているものを個人輸入することができた。
監督官本人は、その「日本」を実際には知らないが、相当に豊かな場所だった。
戦乱に明け暮れるこちらでは得られないものが多くある。
「あ、あれが無くなるとなると、皆からどれほど恨まれることになるのか想像しただけでも……」
「とはいえ私も学生である以上、いつかはこの島から離れることになりますが」
「マタタビなどとは比べ物にならない劇薬である自覚が君にはないのか!」
「どうして説教される側になっているんでしょう?」
「絶望的カタストロフィを提示したからだろうが! かの猫王ですら絶賛したあれの輸入を止めるつもりか!」
「卒業後は、見たことのない場所へと行きたいものです」
「そのような身勝手が許されると思っているのか!!!」
「ご自身が述べたこと、記憶から蒸発しました?」
怒りと恐怖をないまぜにした猫人の様子を見ながら考える。
進路ではなくマタタビについてだ。
突然なくせば不満がたまる。代替物が必要だ。
だが、一体何があるのか。
「では、代わりにこれはどうでしょう」
「なんだい、君の監禁場所についての相談かい」
「そんな物騒な話ではありません。どのようなものかわからない、猫用の嗜好品があります」
それは日本では比較的容易に入手できるものだった。
どうやら評価も高いようだ。サイトでは星の評価が4.5ほどあった。
スティック状のものであり、粘度の高い中身を吸う食品だった。
文面に警告を思わせるものが多かったため今まで輸入することを止めていたのだが、この相手であれば大丈夫だろう。何が起きても問題ではない。だってマタタビ密売業者だ。
「おそらく猫用の菓子かおやつの類だと思うのですが」
「ふぅん? なんだい、買収してこちらを取り込もうというつもりかい? これが何かは知らないが、そう安々とお腹を見せるとは思わないほうが――」
その先端部分を切り取った途端、猫人の言葉が止まった。
笑顔が消え、目鼻が獲物を狙うものとなる。
「ここから吸うようです」
猫人は戦闘状態のまま、差し向けられたそれを二、三度かいだ後、慎重にぺろりと舐めた。
全身が逆立つ様子がわかった。
「あ、やはりだめなものでしたか、さすがに申し訳――」
引っ込めようとした手を、ガッ! とつかまれた。
そこから数十秒に渡り、舐め続ける音だけがした。
「完全にガン決まった目をしてる……」
これはマタタビ以上の効力のある、なんらかの薬物なのではないか。
「やはり輸入することは――」
「……いくらだ」
「え?」
「いくら積めばいい?」
ぺろぺろと口周りに残ったちゅ◯るを舐め取りながらの発言だった。
「いえ、値段はそこまで高いものでないですよ」
「マタタビの栽培は止める」
「へ?」
「これまでの顧客情報の提出も行う、また、栽培する際に他の秘密畑をいくらか見かけた、その場所を正確に伝える」
「待て待て、待ちましょう?」
「なんだ」
「とりあえず、手、離してくれません?」
「いやだ」
アカンものを味あわせてしまったと気づいた。
もはや後戻りが効かない禁断の美味を、猫人は知った。
「これの定期購入を約束してくれるまで、離さない」
「マタタビの密売を止めさせたかったのに、それ以上のものを提供する流れになっていませんか!?」
「君は猫人の歓びと未知の景色を取り上げるつもりか!」
「なに見てるんですか!」
「天国だ!」
その言葉に嘘はなかった。
タルンポ島における猫人の派閥が、すべて監督官の勢力下となった。
監督官は外出ができなくなった。
一歩でも外に出れば、猫人に攫われる。




