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三年間、レインは唯一雨の免疫を持つ人間として、自分を育てた村の人々の恩を報いるために働き続けた。同じ思いをしたくないと、あれから能力を上手に扱えるようにと”雨の日の便利屋”の時間も惜しんで訓練を重ねて、理解を高めるために実験も行っていた。
謎の能力は遮断と裁断の能力を持つ。
外殻なら使用者が触れれば壊せるが、殺傷力が高く生成された時点で中に入るものを切り取ることができる。ただし基本的に泡と同じ性質らしく、壊す時に飛ばした飛沫が人体に触れると雨の浸蝕と同じ現象が起きるようだ。これは事故によって検証された。
バブルの中に入るものを観察してみると、まるで時間が止まったように花も枯れない。だがこれ以上の情報を得られない。中は人体にどれほど影響を与えるのかは知り得ない。レイン自身が実験対象になり得ない、そもそも人間の大きさほどのバブルを作れない。
訓練によってサイズのバリエーションが増えたが、大きいほど維持時間が短くなる制限があり、更に体力を消耗する。彼がもっとも大きく作れたのは四、五歳児を入れられる大きさだった。
やればやるほど精神を削られていった。こんなものは何の役に立つんだ、と考えずにいられなかった。相変わらず村人達の“治療”の切り札とされているが、言い換えれば死の立ち合い人だ。例えば成功率一%の手術をするようで、愛する人を救いたいと想う人達が最後に掴む希望。時に人は無意味でも一筋の光に縋るのだ。
自分の部屋で読書をしていると外はまた急ぐような足音がする。また雨が降るのかと、レインは本を下すと、いつもと違うかけ声が聞こえた。
「もてなしだ! 村長のところに王宮からの使者様が到着したぞ!」
王都からの使者? そんなこと聞いていない。
一度も村を出ることはない少年だが無知ではない。遥々王都から田舎に政府機関人員が派遣されるのはただの観光なわけがない。そう考えると彼は立ち上がる。
「どうぞ、お口に合うといいのですが」
男、もとい村長は唐突の来訪者に村人が集めた料理を並ばれたテーブルの向こうの席を、長身の男に勧めた。頭に白い冠と着飾った服装を見れば分かる、この長身の男こそ騒がれている使者である。
「村の長というのにまだお若いのですね」と彼は腰を掛ける。
「ええ。年長者はみな雨に倒れて。多少知識があるもので村長の席に推薦されました」と村長は緊張している感情を抑えようとする。「それで、使者様は何の御用でこんな田舎に?」
「用がなければ訪問してはいけないのでしょうか」
「いえ、決してそんなことは」
「会談中に失礼します」
会話に乱入したのは、誰でもなくレインだった。彼は母の手料理を持ち食卓まで運ぶ。彼もまた感情を覗かれないようにと思いながら、料理を置く間に使者の男を横目で見る。
「キミ、名は?」
「……レイン」
「雨か」と男は空色に近い蒼い瞳を覗き込む。「この時代でまだ雨を愛する人間がいるのか、それとも積もった憎しみか。おっと失礼した。私はトレイ・カサディだ。よろしくね、レイン君」
レインは軽く頭を下げて村長の家を後にした。
いや、逃げ出した。料理を運ぶと自薦した時は、異常さを感じて状況を極めたかっただけだった。だが自分の考えが甘かったと、彼は先程の男を思い出す。見つめてくるカサディの目の奥には何の感情もなく空洞のようで、迷い込んだ人々を飼い殺す。こんな闇深そうな人間なんて、想像だにしなかった。
「村の子が申し訳ありません」
「いえ、どこも状況がよくない中、元気な子供がいるのが喜ばしいことです。……実に、良かった……」
男は嗤う。
その後、カサディがまさか本当に村を踏破して帰ったという話を聞いた。村長とどんな話をしていたのかは極秘にされたようで、実際その内容を聞いたのも本人達しかいない。最終的に使者の目的も分からずじまいになった。
だが何もない、というわけには行かなかった。
違和感がじわじわと村人達の生活に浸透していく。
それが雨の日だ。
「雨が来るぞ!」と外にいる誰かが叫んでいる。聞き慣れた警告メッセージではあるが。
「また、雨……」
雨が人を殺し始めた頃は世界が混乱に陥っていた。時間かけて慣れてきても、外出できない時間は生産性と反比例している。更に制限されることになると人々への影響は測り切れない。どう考えても一人の子供でカバーできる状態じゃなくなっている。
ということをレインも理解している。原因を突き止めるにも雨への理解自体がなさすぎる。特別な人間だとしても、だ。
雨の中で泡を遊んでいる少年が考えていた。
時間だけが無情に過ぎていった。