第3話
日が傾きはじめた頃、少女が戻ってきた。
無言のまま、崩れかけた石段に腰を下ろすと、泥のついた布袋を投げ渡してくる。
受け取ると、中には錆びた金属片や、割れた食器、燃え残った布切れ。
それと、見たことのない古びた書類の束が入っていた。
「村の東に、建物の跡。たぶん、誰かが昔使ってた避難所。壊れてたけど、下の階は残ってる」
「危なくはなかった?」
「空っぽ。でも、灰の中に骨があった」
「……ありがとう。助かります」
少女はそれに何も答えず、壁際に背を預ける。
ウィンドウが開いた。
【探索完了】
【地形データ取得】
【新規エリア:東灰野外縁/旧ロルド避難所跡 を発見】
【マップ更新中……】
視界の右上、半透明の地図表示が小さく切り替わった。
中心には〈エルク=ノルデ〉。その右隣に、新たに地名が浮かぶ。
【東灰野外縁:ロルド避難所跡(廃区)】
そのほとんどは、まだ黒く塗りつぶされたまま。
視えるのは、いま自分たちの周囲と、東にわずかに延びた小道と廃墟だけ。
でもそれだけで、“この世界に続きがある”ことをはっきりと感じられた。
少女がひとこと呟く。
「ロルドって、地図に出たんだ。私、名前知らなかったのに」
「たぶん……地名とかは、誰かがつけたまま、残ってるんだと思う」
「“誰か”って?」
「……前にここで国を作った人たち」
言葉にすると、不思議と納得できた。
この土地には、すでに“何かがあった”。でも、それはもう誰も知らないまま、崩れていった。
袋の底から、紙片のようなものが出てきた。
汚れてはいるが、文字が読める。
『ロルドの避難所はもう限界だ。補給は途絶え、行政からの連絡もない。
設計者の姿は数日前から見ていない。
生きている者のうち、話す者はもう……いない』
読んだあと、自然と目を閉じた。
少女がぽつりと呟く。
「やっぱり、誰も最後まで国なんて続けられなかったんだ」
「そうかも。でも、それでも……」
言葉に詰まった。
「それでも?」
「俺は、まだ始めたばかりだから」
少女はそれを聞いて、はっきりとは笑わなかったが、
どこか遠くを見るように、視線をそらした。