第1話
いつもと同じ夜だった。
スマホを充電に差し、明日の予定もなく、布団に入って、目を閉じた。それだけのことだった。
でも、目を開けたときには、もう“あの部屋”にはいなかった。
空は紫色に濁り、地面は乾いた土と灰。
周囲には焼け焦げた木々が数本だけ残り、空気は重たく、風も音もなかった。
「……は?」
ひとりごとのような声が出た。
夢だとしても、静かすぎる。
痛みはある。足元の石を踏んで転んだらしく、手のひらにじんわり血がにじんでいる。
目の前には、どこからともなく現れたウィンドウが浮かんでいた。
【世界統合型リアル国家構築プログラム “ARCHIVE” へようこそかなた様】
【かなた様の「国造り」は、ここから始まります】
【現在地 エルクノルデ】
【国家設計者ID:Null】
【初期国家特性:抽出中……】
【死亡時の再起動機能は現在使用できません】
「……国、造るの?」
何の説明もない。
ただ目を閉じて、目を開けたらこれだった。
辺りを見渡すと、瓦礫に腰かけた老人が一人、こちらをじっと見ていた。
「お前さん、新しい設計者か?」
低く、よく通る声だった。
「設計者……?」
「まあ、呼び方なんてどうでもいいさ。ここは“終わった国”の端っこさ」
老人の服は煤けてボロボロだったが、言葉ははっきりしていた。
その目だけが、不自然なくらいに生きていた。
「で、お前さんはどうする。ここで終わるか、始めるか」
目の前に再びウィンドウが開く。
【国家建設を開始しますか?】
【Yes】
【No】
意味はわからない。でも、ここで何もしないよりは──
「……はい」
【国家名を入力してください】
迷った末、ふと思いついた単語を二文字で入力した。
【国家名:ゆら】
【初期国家特性:確定中……】
【拠点登録候補:旧村落エルク=ノルデ】
建物の残骸の中、唯一形を保った石造りの小屋が、淡く光った。
【拠点登録完了】
【初期国家特性:静寂の地(レア度3/10)】
【効果:国家の所在を他国に察知されにくくなるが、外部からの人口流入は起きにくい】
老人が、にやりと笑った。
「“静かに生きろ”って、そう言われたようなもんだな」
「……選んだ覚えはないですけどね」
そのとき、崩れた建物の陰から、小さな人影がこちらを見ていた。
しゃがみ込んだまま、まるで息を潜めるように。
「この村で生き残ってるのは、もうあいつだけさ」
「……国民、ですか?」
「お前さんが声をかければ、そうなるかもしれん。ならんかもしれん」
声をかけるか、放っておくか。
選択肢はまたしても、明確なルールなしで目の前に現れる。
主人公は、ゆっくりと歩き出した。