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第2話 匂いの女神“スメル・ミューズ”〜小悪魔が暴くあやかの秘密〜

ルナはふと首をかしげて、くるりとこちらに向き直った。


「そういえば、アンタの名前……まだ聞いてなかったわね」


「えっ? あ、私は――」


「――ストップ!」


名乗ろうとした私の声を、ルナのぴしっと伸ばした前足がさえぎった。


「な、なに? なんで止めるの?」


「せっかくなのよ。ここは“上位使い魔”である私の出番でしょ?」


意味ありげにニヤリと笑うと、ルナは得意げに前足をぴょんと前に出し、翼を2、3度はためかせる。そして、ぴたりと空中の一点を見つめ、何やら集中し始めた。


「むぅううーん・るん☆……っと!」


「なにその可愛い可愛い呪文は?!

っていうか、そもそも呪文なの、それ!?」


思わず身を乗り出して問いかけると、ルナはふふんと鼻を鳴らした。


「使い魔専用の検索魔術よ。私風にアレンジして、より高度に仕上げたの。

こんなことできるのは上位使い魔の私くらいのものよ」


ふざけてるような口ぶりだったが、その目はしっかりと私を捉えていた。

――と思った次の瞬間、ルナは口元をほんのり吊り上げ、いたずらっぽく微笑む。



「……ふふん。まずは――本名、宮下あやか。高校一年生っと」


ルナはしっぽで空中に字でも書くように動かしながら、にやにやと続ける。


「そして……」


わざと間を置いて、わたしをちらりと見る。


「あだ名は――“スメル・ミューズ”。」


「――って、ちょっ、ちょっと!? 人の心、勝手に覗かないでよ! それプライバシーの侵害だから!」



ーースメル・ミューズ

それは、私が西野優香を中心にクラスのみんなから付けられたあだ名。というより、蔑称だ。


“スメル”=臭い、に “ミューズ”=女神。

意味は最悪なのに、わざとお洒落っぽくすることで、余計に私を笑いものにしてる。


ほんと、最低なあだ名。


ーーだからこそ…


「……なんで私のあだ名まで勝手に覗いてんのよー!」


思わず声を荒げた私は、気づけば顔が真っ赤になっていた。

悔しさと、恥ずかしさと、驚きが一気に押し寄せてきたせいだ。


必死にまくし立てる私を見て、ルナは首をかしげながら、のんびりととぼけた口調で言った。


「あら〜? どうしてそんなに焦ってるの?」

しっぽをふわりと揺らしながら、悪びれもなく続ける。


もしかしてだけど……“スメル・ミューズ”の名前の由来とか、気にしちゃってたり?」


こ、こいつまさか――あの“あだ名”の意味まで、知ってるの!?


……って、その言い方。どう考えてもわざとでしょ。


「つまり――“スメル”は匂い、“ミューズ”は女神……を意味する言葉だったわよね?」

とぼけた口調でそう言いながら、ルナはしっぽをくるりと揺らす。


「つまりは直訳すると、“匂いの女神”………

よほどの“印象的な香り”がするってことでしょうね♪」


私はピクリと眉を動かし、口を尖らせた。


「あんたねぇ……わかって言ってるでしょ?」


声のトーンが自然と少し上がる。


「あら、なんの事かしら?」


キョトンしとた顔でわざとらしくしらばっくれる。


「英語で“スメル・ミューズ”なんて――

普通、“いい匂い”って意味で使わないでしょ」


「確かにごもっとも。“アロマ・ミューズ”ならまだしも…

わざわざ“スメル”にした意味……つまりは……そういうことよねぇ?」


わざとらしく口の端を吊り上げる


「あんたねぇ、ホントいい加減にしなさいってば……!」


言いながらも、胸の奥はバクバクいっていた。


(わかってて言ってる。絶対、わかってて――からかってる……)


一番触れてほしくないあだ名なのに、この小悪魔は容赦ない。


悔しさと恥ずかしさに負けて、つい見栄を張ってしまう。


「だ、だいたいさぁ! いちいち突っ込んでくるあんたのほうが変なんだからねっ!?」


ぷいっと顔をそらす。


「べ、別にっ、あだ名なんて気にしてないし!」


「ふ〜ん? じゃあ試しに“そっちのあだ名”で呼んでみようかしら?」


「ねえーーー!? それだけはやめてってば!!」


ルナがその名前を口に出そうとした瞬間――


怒りと羞恥が爆発して、私は手元にあったクッションを思いきりぶん投げた。


「いいかげんにしなさーい!!」


けれどルナはひょいっと軽やかに宙を舞い、器用に回避。


「っとっと〜、当たらないわよ? あたし、猫科ですから♪」


「なっ……!? もう一発っ!!」


もはや我を忘れた私は、次々と枕やクッションを投げ続ける。


「こらこら、落ち着きなさいってば! あははっ、顔こわ〜い♡」


ルナはソファの背にぴょんと乗って、しっぽを振りながらひらりひらりと避け続ける。


「ちょ、待っ……ぜったい次は当ててやるからぁぁぁ!!」


クッションの嵐は止まらず、部屋の中はちょっとした戦場と化したのだった――。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「ふぅ……急に出てきて、私が世界を変えるだなんて大それたこと言うかと思ったら……

今度は私の、その……匂いをからかったりしてさ……」


私はソファにごろんと体を預けて、天井を見上げながらぽつりと呟いた。


「ほんとにもう……何なのよ、あんた」


口では呆れたように言いつつも、心の奥にじんわりと灯るものがある。

誰かと、こんなふうに冗談を交わしたのなんて――いつぶりだっただろう。


いつもは、学校でも家でも誰とも話さない。

スマホの通知は、毎日ゼロのまま。

世界から切り離されたみたいな日々だった。

これからも私はこの世界で一人ぼっちなんだってどこかで諦めていた。


……なのに、今日はちょっとだけ、心が軽い。

たった一言で、笑ってくれる誰かがいるだけで、

こんなにも胸があたたかくなるなんて、知らなかった。



ルナはくすっと笑い、ふわりとしっぽを揺らした。


「さっき散々私を愛でた仕返し、ってとこかしらね♡」


いたずらっぽく細められた瞳に、どこか優しさがにじんでいる。


私は思わず笑いそうになって、けれど――そのまま目を閉じた。

今日という一日を振り返ると、本当にいろんなことがあった。


「……なんか、変な日だな……」


呆れたように、でも――ほんの少しだけ、嬉しそうにそう呟く。


少しの沈黙のあと、私はそっと視線を横に向けた。


「……あのさ」


「ん?」


ルナが首をかしげる。


「……その、今日は……ありがとう」


「……え?」


「なんか、いろいろからかわれたし、恥ずかしいこともいっぱい言わせられたけど……」


「でも、なんか……ひさしぶりに、誰かとちゃんと笑った気がする」


私は頬を少し膨らませたまま、視線を逸らしながらそう呟いた。


「ふぅん……」


ルナは一瞬黙り込んで、それから――


「ま、私って最高の使い魔だし? 当然よね」


やれやれとばかりにしっぽを揺らして、にやっと笑ってみせた。


「ほんとすぐ調子に乗るんだから……。」


と、小さく笑って返した。


そんな他愛もないやり取りが、どうしようもなく心地よかった。


ルナがふわりと尾を揺らしながら、軽く息を吐いた。


「――じゃあ、話を戻しましょうか」


「うん、魔界とか、香りの力の話……だったよね?」


私が気を取り直してそう言うと、ルナはにやっと口角を上げた。


「いいえ、ちがうわ。“あんたのあだ名”の話よ」


途端に、背中を一筋の汗が伝う。


「ちょ、あんたまだその話を……」


言いかけたものの、さっきお礼なんか言ってしまった手前、うまく言葉が出てこない。


「で? どうしてそんな素敵なニックネームがついたのか――ぜひ、詳しく聞かせてもらおうかしら?」


わざと間を置いて、最後ににっこりと笑う。


「ねえ、“スメル・ミューズ”さん?」


思わず引きつった顔でルナをにらみつけた私は、

胸の奥がズキンと痛むような羞恥に襲われて、ほとんど叫ぶように言った。


「あ、あ、あんたねぇっ!? それだけは――それだけは言っちゃダメなやつでしょ!? もはや人としての情けとか、そういうのないの!?」


叫びながらも、顔はまるで茹でダコみたいに真っ赤で、

恥ずかしさで頭が真っ白になりそうだった。


ルナはぴょこんと軽くひと跳ねしながら、しれっととぼけた口調で返す。

「あら? そんな約束した覚えはないけど〜?」


ふざけた笑顔のくせに、目だけはしっかりこっちを見ていて――

その顔が無性に腹立たしいのに、なんだか、ほんのちょっとだけ、嬉しくて。

……だからこそ、余計に悔しい。


そんな私の反応がツボだったのか、ルナはこらえきれずに吹き出した。

悪気のない無邪気な笑い声――けれど、それがどこまでも小悪魔的で、まさに“魔界の使い魔”のそれだった。


すぐに「ありがとう」なんて言ったことを、私はこれ以上なく後悔していた。


ああ、なんで私は、よりによってあんな小悪魔に、あんなことを口にしてしまったのか。


“スメル・ミューズ”という単語が投げかけられた瞬間、嫌でも胸の奥にしまっていた“あのコンプレックス”が引きずり出される。


ベッドに仰向けになったまま、だらんと投げ出した足を見つめる。

夏の夜風がカーテンの隙間から吹き抜けたそのとき――

かすかに、自分の足元から、あの“香り”が鼻腔をかすめた。


……それは、蒸れた布地の奥に潜んでいた、誰にも知られたくない“自分だけの匂い”。

少しだけ甘くて、ちょっと苦くて――ひと嗅ぎで胸の奥をざわつかせる、忘れたくても忘れられない匂いだった。


(……あーもう、最悪)


自覚しているぶん、余計にしんどい。

このあだ名の由来なんて、わざわざ語りたい人間がどこにいるっていうの。


なのに。


ソファの上から身を乗り出したルナは、目をきらきらと輝かせてこちらを見ている。


“さあ、話してちょうだい”と言わんばかりに。


その顔は期待と悪戯と好奇心でいっぱいで、拒否の選択肢なんて一切、許されていなかった。


……まったくもう。


ありがとうなんて、ちょっとカッコつけて言っちゃった手前――もう引くに引けないじゃない。


「……ほんと、どうして私、あんなこと言っちゃったんだろ……」

ルナのにやけた顔がまぶたの裏に浮かぶ。



(……やっぱり、前言撤回しようかな)



私は心の中で小さく、でも切実に、そう呟くのだった。


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