チベットスナギツネの冷蔵庫
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チベチベチべ。
チベチベチベチベ、チベチベチベチベ。
チベットスナギツネという動物をご存知でしょうか?
もちろん知っている? なにをいまさら?
いえいえ、知っているとは言いましても、それは顔つきがへんてこだとか、みょうちくりんでかわいいだとか、ほんのすこしではないでしょうか。
例えばそう、“チベットスナギツネの冷蔵庫”なんていかがでしょう?
お時間がありましたらば、ひととき、チベットスナギツネのはなしをいたしましょう。
チベットスナギツネというきつねはまずどこに住んでいるのやら。
スナギツネ、というほどですから砂漠でしょうか?
スナだらけの砂漠に暮らすには、すこしカラダがもこもことしております。
チベットというのは地名のことで中国の西、インドの北にあります。
チベットスナギツネは、主にチベット高原の青々《あおあお》とした草原やカラカラとした乾いた半砂漠に住んでいます。
標高2500メートル以上のとても高いところなので、チベット高原はとても広くて、なんと日本の面積の六倍です。
砂漠といえばサンサンおひさま太陽キラキラあっちっちというイメージですが、チベット高原は冷涼として半砂漠でも一年中ひんやりとしております。
スナギツネというわりにもこもことした毛皮は、涼しい高原にちょうどよいすがたなわけですね。
毛皮とみればすぐに商売にしようとするのが人間の愚かなことですが、幸い、チベットスナギツネの毛皮は粗くて人気がなかったので、乱獲はされておりません。
では、あのユニークな顔つき、5.5kgという軽いカラダのわりにおっきなあたまにもちゃんとした意味があるのでしょうか。
一説に、角張ったおっきなあたまは外敵になる動物が目にした時、「こいつはでかくてつよそうだ!」と勘違いさせてしまうのだとか。
へんてこりんな顔つきにみえますが、じつは横顔はけっこうシュッとしてかっこうよいのでぜひ「チベットスナギツネ 横顔」をさがしてみてくださいね。
……え? あの目つきの理由? それはまだ学者さんでもわからないそうです。チベットスナギツネはミステリーがいっぱいですね。
さて、動物を調べるとき、大切なてがかりがあります。
ウンチです。
動物のウンチには、その動物がどんなものを食べて生きているのか、という大事な情報がいっぱいです。
チベットスナギツネのウンチをしらべてみると、一番よく食べるのはナキウサギという小動物だとわかります。
ほとんど肉食で、すこしは草花や果実も食べるそうな。
しかし獲物のナキウサギだって、チベットスナギツネにまんまと食べられないように巣穴を掘って安全に暮らそうとします。
ナキウサギの巣穴は出口がいくつもあり、しかも冷たいせいで地面が固くて、チベットスナギツネは掘りおこすことができません。
ナキウサギの天敵はほかにもチベットヒグマがいます。
チベットスナギツネはこのチベットヒグマのナキウサギ狩りにこっそりついていきます。
のそのそのそ。
すたすたすた。
チベットヒグマとチベットスナギツネはおたがいにともだちというわけではありません。
チベットスナギツネが勝手にうしろをついて歩き、邪魔にはならないのでチベットヒグマもいちいち追い払ったりしないのです。
ナキウサギの巣穴にやってきたチベットヒグマは、そのパワフルさで出口を破壊して、ナキウサギをとっつかまえようとします。
「ピィーピィー、ピィーピィーピィー」
ナキウサギは名前の通り、仲間にキケンを知らせます。
するとナキウサギはすかさず、べつの出口から巣穴の外へと逃げ出してくるわけですが、ここでチベットスナギツネの出番です。
「みぃーつけた」
と言わんばかりに高原のハンターはナキウサギをつかまえてしまいます。
残酷なことですが、哀れ、ナキウサギはこれできつねのごはんです。
しかもチベットヒグマはおこぼれをもらえるわけではありません。
ずうずうしくて、ずる賢い。
なるほど、さすがは狐ですね。
かわいそうなナキウサギ。
もっとかわいそうなことに、ナキウサギの穴ぼこが増えすぎると草原は穴だらけになり、荒れ果ててしまいます。
チベットに暮らす人間にとっては家畜のための草原を荒らされるのはたまったものではありません。
そこである時、ナキウサギの駆除のために毒のエサを使ったところ、ナキウサギのみならずチベットスナギツネまで犠牲になってしまいました。中毒になったり、獲物がいなくて食いっぱぐれ、チベットスナギツネは数を減らしてしまったのです。
ナキウサギの穴ぼこは、とても迷惑なようにおもえますが、地面をスポンジのようにすることで雨をたっぷり吸いこませ、山を潤し自然を豊かにするというはなしもあります。
わたしたち人間はまだ、このチベット高原という雄大な大自然を、そこに生きるキツネやウサギのことをてんで知らないままなのです。
チベットスナギツネはわたしたちにとって、すぐそばにいる動物ではありません。
ほんの約20年前にようやく、イギリスのテレビ局が撮影に成功したというほど、まだまだわからないことだらけのわたしたちにとってめずらしい動物です。
だからどうした、というわけではございません。
けれども、チベットスナギツネの哀愁ただよう虚無めいたユニークな顔つきを、ただそれだけしか知らないというのはもったいない気’《き》がしたのです。
おはなしをお聞きくださり、ありがとうございました。
チベチベチべ。
チベチベチベチベ、チベチベチベチベ。
何を考えているか、てんでわからないチベットスナギツネでございますが、さて――。
最後にひとつ、おまけのはなしを。
チベットスナギツネは賢いことに、仕留めたナキウサギをひんやりと冷蔵して保存することができます。
チベットスナギツネの冷蔵庫。
それは“ナキウサギの巣穴”のことです。
すぐに食べる分だけナキウサギをかじったら、チベットスナギツネは巣穴を掘って土に埋めてしまうのです。夏でも凍った高原の土の下であれば、しばらくナキウサギは新鮮なまま食べられるというわけですね。
まさにこれぞ墓穴を掘る。
そのつきだした鼻と賢さでどこに埋めたか見つけて、むしゃむしゃり。
狩人は今も高原のどこかで獲物を見つめていることでしょう。
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