第2話 お嬢様なハムスター
「…て、起きて!」
舌足らずな声に起こされる。
「ふぇっくしょんっ!」
俺は体勢を起こして、びしょびしょの髪をかきあげた。
「起きましたね。申し訳ないけれど、一緒に頑張っていただきます。」
目を覚ますと、目の前にいたのは羽の生えたハムスターだった。
そして声の主は紛れもなくこのハムスター。
見た目通りのいわゆるハムボだ。
…しかし、それに似つかわしくない、丁寧で気品のある話し方だな。
別にハムボを貶めたい訳ではない。
なんかこう…ぶりっ子しててくれないと違和感がすごい。
「改めまして、ワタクシ、この世界のかみさまですわ。」
前言撤回。
「丁寧で品のある」ではなくお嬢様口調だ。
リアルでこんな話し方の人いるんだ…
あ、人じゃないか。
とりあえず…
「よろしく…お願いします?」
「えぇ、よろしくですわ。そうだ、呼び名を決めましょう!」
ところでこのハムスター、めちゃくちゃテンション高くない?
「あなたは…ソルト!」
「いや、バカにしてますよね??」
俺の名前は佐藤敏音だ。
読みは…さとうとしお。
「そうです!俺はシュガーアンドソルトですよ!もうそれでいいですっ!」
「あぁ…!お気に召さなかったですか?この世界ではトシオは訳ありな名前なので、改名しておいた方がいいかと思いまして…」
「訳あり?」
「また追々お話しますわ。」
そう言われるとトシオという名前を通すのも気が引ける。
しかしソルトはちょっとなぁ…
うーん…
いや、名前なんて思いつかん。
「…じゃあ、ソルトでいいです。」
「そうですか?まぁこの世界ではソルトは塩のことでは無いので!」
そういう問題じゃないような気がするが、まあいいか。
「あ、ワタクシの事はプリンと呼んでください。このようにワタクシ、プディング色のハムスターなので!」
そう言ってその場で一回転した。
「じゃあ…プリン…」
いや待て、このハムスター、かみさまなんだよな…?
「プリン様で。」
「はいっ。よろしくお願いいたしますわ。それはそうとお願いがあるのです。」
プリン様はもじもじしながら言った。
「ずっと飛んでいるの、少し辛いので、肩に乗せていただけませんか?」
「いいですけど…」
俺がそう言うとふよふよと飛んできて肩に止まった。
「それじゃあ出発ですわ〜!」
…
…
「いやどこに?!」
「確かにそうですわね…」
そう言いながら肩から降りて俺の目の前にホバリングするプリン様。
うーんと唸ってから続ける。
「ソルトには装備もなければ仲間もいない。とりあえず買いに…」
言うと思った!
俺は待ってましたと言わんばかりのスピードで財布を逆さにした。
「何をして…ってあ!」
チャリンと音を立てて地面に転がったのは百円玉が4枚と十円玉が6枚。
一応言っとくと一円玉が3枚だ。
そして俺は千円札6枚を扇のように持って掲げた。
「紙っぺら6枚と200イニーちょっとでどう装備と仲間を揃えろとっ!?」
「…所持金は323エニーと。ちなみにイニーじゃなくてエニーですわ。」
あ、間違えた…
「6000円も持ってらっしゃったんですね。高校生にしてはお金持ちですわね。」
「今日、ネットショッピングのコンビニ支払いをしようと思ってたんです。」
「ふーん、何を買われたんですか?」
「普通に服ですけど…」
せっかく買ったのに、着る機会ないまま転生しちゃったんだな…
「うーん、まずはお金を稼がないとですね。」
「…俺、勇者なんですよね?こう…サポート武器とか、そういうの、ないんですか?」
プリン様はバツの悪そうな顔をしている。
「ってか、勇者って具体的に何するんですか?魔王でも倒すんですか?」
「まぁ、そんなところなのですが…」
プリン様は地面にちょこんと降りると続けた。
「この世界の魔界は少し変わっているんです。まぁ、ワタクシがそうしたんですけれど…」
「どう変わってるんですか?というか魔界の普通がわかんないです。」
「…ま、1回行ってみましょう」
そう言って再度俺の肩に乗ってきた。
「で、どこですか?」
「そこを右に真っ直ぐ行ったとこです」
「えっ?!そんな近く?」
診療所の女医さんが言っていたようにここはスィアキ村というそうだ。
小さな村だが冒険者で賑わっているようだ。
…近くが魔界だから?
「おにーさん、一緒にお茶しなぁーい?」
唐突にメイク濃いめの女の子2人組に声をかけられた。
あ〜あ、転生してもナンパですか。
「いや、用事がありまして…」
「いいじゃーぁん、ちょっとぐらいさ〜?」
そう言ってグイッグイッと腕を引っ張ってくる。
どうしたものか…
「こらっ!旅人さんをナンパしない!」
道の右側のお店から出てきた女性がそう言ってくれた。
ナンパ2人組は、「げっ、逃げろ〜」と言って走って行ってしまった。
「すいません、旅人さん。あの2人、いつまでも懲りなくて…」
「いえ…」
「あ、申し遅れた。警備隊員のカレイシャだ。」
そう言って彼女は敬礼する。
「とし…」
おっと本名を言ってしまいそうになった。
カレイシャさんは一瞬怪訝そうな顔をした。
「ソルトです」
「ソルト。これからどこへ?」
「あ、えっと…」
こんな初期装備全開で魔界へ行くなんて言ったら頭おかしいと思われるのでは…?
「魔界に行きます。」
プリン様が言う。
「待って待って…それ言っても…」
「あぁ、そうか。気をつけてな。」
ん?なんか思った反応と違う?
プリン様は元気に返事をして、早く行こうと促してきた。
「失礼します。」
俺は真っ直ぐ歩いていく。
「さすが芸能人の子供なだけあって顔は良い
んですね。」
「そういえば俺、取り違えられているんでしたっけ?誰の子なんですか?」
「え〜っと、歌手のr!ceと、女優の武藤カナって書いてありますね。」
「あぁ〜、そういや最近俺と同い年の子供が芸能デビューしてたな…」
確か芸名が変わった名前だった。
その芸名が本名だって公開して親がプチ炎上してたな…
俺、どちらにせよキラキラネームだったのかな…
「着きましたわ。」
プリン様の声で、大きな門の前に着いたことに気づいた。
門の前には男性が一人いた。
門番…と言うにはラフな服装をしている。
「あちらに行かれますか?ではこちらにサインを」
そう言ってペンとバインダーを渡してきた。
俺はsaltと書いて渡した。
「確かに。ではお気をつけて。」
そう言って門番が扉を開ける。
ゆっくりと開く扉から光が漏れはじめた。
…ごくり。
視線の先、そこに広がっていたのは…