第1話 さよなら世界
さよなら世界
あなたは神様を信じますか?
宗教勧誘ではありませんのでご安心を。
この"世界"には人々によって生み出された神様が何千、何万と居る。
そう。生み出されたのだ。
給食のプリン争奪じゃんけんで
「神様!どうか味方して」
と願ったことは無いだろうか?
え?プリン争奪じゃんけんはしなかったって?
じゃあみんなの体験談を引き出そうとするのは諦めよっと。
気を取り直して…
何気ない想像で、神様は生まれる。
ディテールの細かさは本当にまちまちだ。
世界三大宗教なんて呼ばれているものに出てくる神様はそれこそ毛先まで、事細かに生み出されている。
この無数の神様を束ねる存在が、実はこの"世界"にはいる。
今、その"かみさま"の気まぐれで、1人の少年が、命を落とそうとしていたー
ブレザーをはためかせ、颯爽と自転車を漕ぐ少年。
彼は確か…
住宅地にひっそり佇む系のケーキ屋リンガードで毎月5日限定発売のこだわり卵のカスタードプリンが大好きなんだっけ。
で、今日は3月5日と。
うん、ちょうどいい。
急いでいるということにしよう。
あ、ちょうど猫がいるじゃないか。
ほいっと。
「うわっ!」
交差点から黒猫が飛び出してきた。
咄嗟にハンドルを切る。
ガンっ!
頭が一瞬とても熱くなったのを感じた…
「…ぅう」
目を開けると、視界はモヤがかかっているようだった。
とりあえず起き上がってみる。
「…はっ!」
咄嗟に頭に手を当てる。
そういえば頭を強打した気が…
手のひらを見ると血の類は付いていなかった。
ここは病院…?
「起きられましたか。」
白衣を身にまとった女性が話しかけてくる。
お医者さんだろうか。
彼女は明るい茶髪に緑がかった目をしている。
なんだか日本人じゃないみたいだ。
でも話している言葉は紛れもなく日本語。
「えっと…」
何から聞いていいか分からない。
「…頭から血を流して倒れていたので、止血しました。」
「ありがとうございます。あ、自転車は…」
「ジテン…なんですか?」
「え?俺、確か自転車に乗っていたら猫が飛び出してきて、避けようとして転んだんだと思うんですけど…」
「頭を打ったから記憶が混濁しているみたいですね。猫が飛び出してくるなんて、神話の中の出来事ですよ。今日はこのまま入院してってください。」
そう言って女性は部屋の外へ行ってしまった。
いろいろと違和感があるような気がするが、意識を失っていたせいか頭が回らない。
いつの間にかまぶたが落ちてしまった。
「…ふわぁ〜」
窓から差し込む日の光に起こされる。
「おはようございます。気分はどうですか?」
昨日の女性が話しかけてきた。
「おはようございます。昨日よりだいぶスッキリしました。」
「それは良かったです。傷も再生してありますし、もう動いていただいて大丈夫ですよ。」
再生ねぇ…
俺はベットから降りる。
横の棚にリュックが置いてあった。
数学のワークとペンケース、黒の長財布にスマホ。
特に変化は無い。
そういえば、こういう事故の時って親に連絡が行くもんだよな。
聞いてみようか。
「えっと…親に連絡とかは…」
「連絡っていってもお名前もご出身も分からないので何も…」
学生証を見てくれればよかったのに。
まぁいいや、心配しているだろうし、自分で連絡入れるか。
そう考えながら俺はスマホの電源を入れた。
…圏外?
病院って電波悪いのか?
俺は窓に近づく。
「ダメだなぁ…って、え?」
窓の外に広がっていたのは、見慣れた街並みではなかった。
スマホからピピッと音がして目をやる。
「充電残量2% 10秒後にシャットダウンします」
そう表示されていた。
スマホにがっつくタイプでは無いため初めて見た表示である。
そしてスマホにがっつくタイプでは無いためモバイルバッテリーなども持っていない。
連絡手段が無くなったと。
「…ここってどこですか?」
「まだ混乱中ですか?スィアキ村診療所です。」
スィアキ…明らかに日本の地名では無い。
俺の聞き間違いだろうか。
うん、きっとそうだ。
まだ頭が本調子じゃないんだ。
俺はリュックを背負った。
「あ、行かれますか?診療代だけいただいてもよろしいでしょうか。」
「いくらですか?」
次の瞬間、違和感が確信に変わってしまった。
「治癒代、入院代合わせて200エニーです。」
治療ではなく、治癒。
円ではなく、エニー。
窓の外にいた、個性溢れる外見をした人々。
木に止まった、カラフルな小鳥たち。
これは確実に何かおかしい。
まるでアニメで見た、異世界のようだ。
とりあえずここを出なければ。
200エニーって、200円だろうか。
だとすると治療代にしては安すぎる。
俺は桜が描かれた硬貨を2枚手渡した。
女性はしばし100円玉を眺めると言った。
「これは銀貨…?とても精巧に作られたものですね。あと2枚頂けますか?」
4枚で200エニーなら、銀貨は1枚50エニーということか。
100円玉は銀貨ではないが、本物の銀貨もない。
ここは申し訳ないが騙させてもらおう。
俺は追加で2枚100円玉を渡し、診療所を後にした。
とりあえず少し村を歩いてみることにした。
ピンクの髪の人もいれば紫色の目をした人もいる。
鞘に収まった剣を背負っている少年がいれば、ローブを着て、背丈ほどの杖を持った老人もいる。
あぁ、流行りに乗ってしまったのかもしれない。
…いやいや、それはファンタジー小説だのアニメだのの話だ。
リアルでこんなこと起きないってば。
きっとまだ目が覚めてないんだ。
まだ夢の中なんだ…
どんっ!
右側からなにかにぶつかられた。
俺はバランスを取ろうと左側に1歩踏み出した。
ちゃぽん
足が水に浸かった。水溜まりかな?
…だったら良かったのになぁ。
ジャパーン!
俺は多分、湖に落ちた。
あの時、病院にいた時、カラフルな小鳥越しに見えていたまあまあな大きさの湖に。
ごぼぼぼ…
服の重みでもがいても浮き上がれない。
でも、不思議と苦しくなかった。
ふと、地上から差す太陽の光とは異なる光が目線の先に現れた。
眩しい…と言うよりも神々しいという感じだ。
「汝に問います。名はなんと?」
ちょっとハスキーな女性の声が聞こえた。
というより頭に響いた。
「えっと…佐藤としおです…」
ぶっ、と音がした
今絶対吹き出したよね?
「な、汝に…問います…そ、それは名前ですか…?」
なんて質問だよ。
「佐藤、としお、です」
「…シュガーアンドソルトではなく?ふふっ」
声の主はもう笑いを堪えることを諦めている。
何故こんな名前になったのか。
俺は小さい時、父親の浮気現場を目撃してしまった。
しかし、小さかったので何をしているのか分からず母に聞いた所、修羅場のち離婚。
母の旧姓が佐藤であったため、レトロネームから一転、俺の名前は輝き出してしまったのだ。
「あ、少し待ってください…あなた、世界線576から来た転生者さんですね。えっと…」
声の主の口調が一気に砕けた。
というか、やっぱ俺転生してんじゃん…
ぶっ!と声の主がまた吹き出した。
「世界線576のかみさまに雑に転生処理されてますね…前世の記憶は残っているし、こっちの世界での今までの記憶作成されてないしで散々って感じですね…」
うんもう何言ってるんだろう…
「あぁ…今年のおみくじは大凶だったのですね…?」
違う神社で3回引いて、3回とも大凶。
ちなみに去年もだ。
「え、週4で購買、目の前で売り切れ…?」
買えそうな時でも、購買で唯一美味しくないと言われている闇鍋サンドしか残ってない。
ちなみにこれは金曜日限定発売だ。
買わない。絶対買わない。てか売るな。
「入試の解答欄、全教科1個ずれてて県立落ちてるじゃないですか。」
ちなみにずれてなければ県トップの高校に主席で入れたかもしれない。
「え、まって、君…赤ちゃん取り違えられてるじゃないですか」
「え?初耳なんですけど…」
「取り違えられなきゃ、芸能人ルートだったみたいですわね…」
…
「いや、あなた、どれだけ運がないのですか!?ここに来たのだって湖のほとりでふざけてた男の子にぶつかられて落ちたんですよね?!もうかわいそうすぎて…」
そう言うとスンスンと鼻を鳴らす音が聞こえた。
泣き真似でもしているのだろうか。
「ところであなたは…」
「…グスン…あぁ、そうですよね…ワタクシのことご存知ないですよね。ワタクシはこの世界のかみさま。この、世界線202を管理しています。」
「はぁ…」
「ワタクシは人智を超えた存在ですから、ピンと来ないのも無理はないのです。」
神々しい光の中をよく見てみると、短尺動画のVTuberのような画角で金髪の美女が映っていた。
まさに女神といった容姿だ。
「ちなみにここは勇者を決める湖なんですよ。」
「はぁ。」
すると女神様はパンと手を叩いた。
「そうだ!あなた、とっても不憫だから、勇者にしてさしあげます!」
「いや、望んでない…!」
俺の声は女神様の耳に届かなかったようだ。
俺の周りを光が舞い始めた。
「ここを〈勇者〉にしてっと…
ステータスは…
おぉさすが〈頭脳〉の値は高いのですね。
〈運動神経〉も申し分ない。
…弱点は〈幸運〉の値の低さだけですね。
では…」
にゃぁっ!
ドンガラガッシャーン、パリンッ!
猫のような声がしたと思えば、コップが割れたような音がした。
「っ…?!」
突然、心臓に握り潰されたような痛みが走った。
「こら、ミツバっ!…ってあぁぁ!」
光の中にはひどい顔をした女神様が映っていた。
「スキルが…〈ラックアタック〉になっちゃった…」
スキル…やっぱり俺異世界に来てるんだな…
「〈ラックアタック〉って?」
〈攻撃〉を…〈幸運〉の値で計算するパッシブスキル…」
「つまりどういうことですか?」
「つまり…もし君が剣を振ったとしても、相手にはプールスティックで殴られた程度のダメージ、いやほぼゼロのダメージってこと…」
「それで勇者なんて務まりませんよね?!降ろしてください!」
「いや…これ不可逆プログラムなんです…」
よく分からないが…
「〈アンラックアタック〉にしようとしたのに…世界救うまで、頑張っていただかないと…」
「えぇぇー!」
数秒後、女神様は覚悟を決めたように頷いた。
「分かった…ワタクシがついて行きます…」
その声を聞いたあと視界にモヤがかかっていった。
「…て、起きて!」
舌足らずな声に起こされる。
「ふぇっくしょんっ!」
俺は体勢を起こして、びしょびしょの髪をかきあげた。
「起きましたね。申し訳ないけれど、一緒に頑張っていただきます。」
目を覚ますと、目の前にいたのは羽の生えたハムスターだった。