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短編まとめ

利用できるものは利用しますよ、当たり前でしょう?

作者: よもぎ

ミシュリーは侯爵家の長女であり、跡取り娘だ。

故に婚約者は慎重に選ばれる予定で、現在は三人の候補がいる。

あくまで候補であり、この中から選ばれると決まった話ではないということさえ周知の事実。

より優秀な婿候補が出現すればすぐにでも侯爵家はそちらに話をしにいって、筆頭候補として囲い込むだろう。

そうなればもう後は環境が同じになるのだから現在の候補は実質落選である。

故に候補の三人はミシュリーそっちのけで己が婿として活躍できるよう邁進する日々を送っているわけで。



「わたくしってトロフィーみたいなものなのかしらねぇ」

「どうしたんです姉上、いきなり」

「婚約者候補が三人いて、四年もその状態なのに、最後に顔を見たのがいつか思い出せないなんてこと、普通じゃないそうよ」



弟のリンネルに愚痴りながらミシュリーは紅茶を一口飲む。

砂糖を入れていない紅茶の薫りを楽しみながら、桃色の愛らしい唇をもう一度開く。



「四季折々の手紙もないし、誕生日には義務みたいに生誕月の花を決まって一輪。

 平等性のために茶会や夜会でもパートナーとして立つのはリンネル。

 ドレスや装飾品も平等性を盾に贈られないし」

「まあ、異常ではあるかな」

「でしょう?

 これでどう夫として扱えばいいか分からないわ。

 わたくし、あのひとたちの好物一つ知らないのよ」



そこまでか、と、リンネルは眉をしかめる。

父ではなく去年亡くなった祖父がミシュリーの婚姻周りを決めて、それを今も父は愚直に守っているものだから、ミシュリーの歪な在り様は是正される予兆もない。

しかしリンネルには現状を打開するための作戦が一つだけあった。

姉があまりに不幸になりそうなら頑張ってその作戦を実行しようと思っていたが、よもや不幸も幸福もクソもない状態とまでは思わなかったのだ。

これでは姉はただのお人形人生である。

では僕が何かしてみますね、と、リンネルは姉に伝え、自室に下がった。

奥の手と呼べる存在に手紙を書くために。







数日後。

国王より呼び出しを受けた当主たる父は蒼褪めた顔をして帰宅した。

そうして候補を一度全員解任し、改めて婚約者をきちんと決めるべく茶会を盛大に開くとした。

婿を決めていない他の女当主候補者も呼び出して婿入り志願者たちを選ぶ会、とでも言うべきか。

そういうものの主催をすると決めたのだ。


これはリンネルの奥の手がうまく動いてくれた結果であり、奥の手もこれによって利益を得ているので誰も損はしていないのだ。


彼の奥の手とは国王が酷く寵愛しているとあるご婦人で、彼女は国王に身も心も捧げているというが、可愛い子は別だとして男女関係なく若く美しいものをかわいがる趣味があった。

勿論そこに性的関係はないから国王も嫉妬はしない。

庭の花をいたく愛でるのにまで嫉妬していたら身が持たないからだ。

ご婦人はそれくらいの感覚で若人を囲っているのだ。


そしてそのご婦人は、ミシュリーの婚約者候補三名も狙っていた。

もちろん人の婚約者なので手出しはしていなかったのだが、当の本人が望んでいないような状態で、解消できるならとっとと捨てたいと思っているのだと身内から聞かされたなら。

彼女は国王におねだりして、ミシュリーの婚約候補を解放させるべしとした。


結果。

国王は別に確定した関係でもないのだから問題ないだろうと侯爵家に関係の清算を求め、また長々時間を掛けても結果を出せなかった男はただの無能だろう?と暗にそれ以外の男にしておけと脅しをかけた。

国王は確かに正妃のみを愛せなかった心多き男ではあるのだが、それでも今は逆にご婦人一人のみを愛している人間で。

なおかつ、統治には何一つ不足のない王であったので。

結果を出せなかった人間に、重要な家の婿となられてもな、という思惑があったのだ。

元々あと少ししても候補から確定に至らないようであれば釘をさすくらいはするつもりであったので、少し早まって過激になった程度であれば誤差だ。



そういうわけで、リンネルはご婦人にお礼に出向いた。

彼女――フランシーナは王宮の内にあってもフランシーナの許可証さえあれば立ち入ることの出来る宮の一つに住んでいて、手荷物検査こそ受けるものの一番開かれた宮であることは間違いない。

そこに入ることが出来るリンネルもまたフランシーナのお気に入りである。


花開く前の蕾がまだ固い頃と言っていい、まだまだ小さな少年時代に見初められて時たまお茶を一緒にしているのだ。

リンネルの婿入り先もフランシーナが仲介してくれて決まったので、恩人でもある。

だがそれもフランシーナにとって美しい一対がくっつかないことは罪でさえあるという考えからなので、恩と思っていいかは謎である。




「夫人、あなたのおかげで姉は助かりました」

「まあ、他でもないあなたの頼みだったのですもの。

 陛下に少しおねだりする程度なんでもなくってよ」

「姉よりバラの入浴剤を預かってきております。

 花びらではなくエキスとやらいう液体を絞り出して、より濃厚な香りを楽しめるものだそうです」

「まあまあ!最先端のアロマというやつね。

 隣国では随分流行しているけれどこの国ではまだまだだから気になっていたのよ。

 お姉さまにはくれぐれもよく言っておいてちょうだい」

「はい」



フランシーナは上機嫌で、その日もリンネルの好物の茶菓子を食べる様子を見ただけでご満悦という風情だった。

人によっては鼻歌を歌わされたり、本を朗読させられたり、色々あるらしいが、リンネルは好物を食べている姿が愛らしいということで大抵はお茶会をほんの少し楽しむだけで済む。


しかし、さて。

元婚約者候補三人はその程度で済むのかな、というのがリンネルの懸念である。

最近のフランシーナは肉体美を求めるところもある。

室内仕事を専門としてきた男性に鍛錬をさせ、その汗に濡れた姿を見るのがたまらなく好きになってきたという。


まあ、そういう結果になるんだろうな、と馬車に揺られながらリンネルは思う。

ご愁傷様、と。

フランシーナがどういう形であの三人を囲うかは知らない。

そして、その後どうなるかも知らない。

フランシーナは生涯を保証してくれるわけではないのだ。

半分以上は成長と共に捨てられたり、そもそも囲ったというより友人感覚で嫁いだり結婚したりして縁が切れたりしている。

残った僅かな少数がフランシーナの手元に置かれて本当に囲われているわけだ。


その少数とて安泰な生活ではない。

フランシーナが飽きれば将来どころか明日も知れない生活に至ることは分かっているので、フランシーナが興味を持ちそうな、けれど知らなそうなものを会得したりして興味を引き続けている。

バイオリンを得意とするとある女性などは、ありとあらゆる関係のある国から楽譜を広く取り寄せて毎日練習し、月に一度はフランシーナのための演奏会を開いて新曲を必ず一つは披露しているとか。


そもそもだ。

フランシーナに気に入られたとて、別段それはそこまで重要視される関係ではない。

気に入ってもらえたとして、嫁入り・婿入り先を決めてもらえて万々歳という事になるわけではない。

むしろ逆に囲われる可能性だって少なからずあって。

それでいてある日「もういいわぁ」と関係を終わらせられる可能性があるのだ。



リンネルはその辺の見極めをしているし、フランシーナに全く依存していないのでいつどうなっても構わないというスタンスだ。

月に一度かそこら、呼び出されたらお茶をしにいくだけの関係として確立しているので。


婚約者であり婿入り先である令嬢との関係にフランシーナはもう関与していないし、二人は二人なりに関係をきちんと結んで仲良くしている。

なのでフランシーナ抜きで人生が成立するのである。

だからこそ、今回フランシーナを利用する気になれた。

もしもこれでリンネルが今後の人生のためにフランシーナに依存していなければいけない立場であったなら厳しかったが、ただの茶飲み友達に等しいともなれば利用するに問題はない。


そしてフランシーナにも得があったのだから、これはお互いにとっていい話だった。

ただそれだけの話だ。




さて、その後。

ミシュリーは茶会でアプローチをしてきた中から、元々の評判から前段階である程度考えていた男性を婚約者として決め、今は睦まじく過ごしている。

二年後の結婚のためにあれこれ話し合ったりもしながら、結婚後の生活に必要な勉強をお互いに補い合って、これぞ夫婦となる男女という形に収まっている。


リンネルとしてはそれに満足だ。

姉が幸せになるならそれに越したことはない。

少し前までのように、憂鬱そうな顔ばかりで勉強に身が入っていなかった様子とは比べるべくもない。

それに、姉婿となる人は、姉を溺愛している。

元候補たちはそういった感情が見えなかったので心配だったが、今は不安も何もない。


唯一未だに顔が青いのは当主くらいだ。

暗にボンクラ扱いされて、しかもそれを誰もが知っているという風な言われ方を誰あろう国王にされたらそれはそうだろうと。

まあ、そもそも国王に直々に呼びつけられるというだけで胃が痛くはある。

例え侯爵家と言えども、王に呼びつけられて注意されるだなんて事態は早々ないのだ。

その早々ない事態を心の弱い当主は受けてしまったので、恐らくはミシュリーが結婚して落ち着き次第早々に当主の座を譲るだろう。


そういう点でもリンネルは安心であった。

血の繋がった父ながら、権力だとか序列に弱く己を貫くことが出来ない人物であることは間違いないと思っていたし、その結果ミシュリーに要らぬ苦労が降りかかる可能性があったので。

それならば早々にミシュリー夫妻が後を継ぎ、己たちの力で突き進んでくれたほうが安心である。

何分ミシュリーは当主としてはきちんとしている。

そりゃあ血の繋がった弟に弱音を愚痴りはしたが、基本的には自力で何でもできる女性なので。



というわけで。

問題のなくなったミシュリーとリンネルの姉弟は憂いなく暮らしていけるようになったのであった。

その過程で切り捨てられた諸々がどうなろうとも、少なくとも三人程度は幸せになったので。

結果よければすべてよし、と、当人たちは満足なのであった。



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