第63話 指輪(ティア視点)
「ちょ、ちょっとシェス、何言ってるのよ!?」
レナが動揺している。私もそうだ。
「お師匠さまの事もティアさんの事も悪く言われて、このまま黙っていられません。こんな方々には負けられませんわ!」
「いや、こいつらに第二十階層踏破者の実力がなかったとしてもあたしたちの勝ちになるわけじゃないわよね……? どうやったってあたしたちが第十階層踏破者であることには変わりないんだし……」
「それでも、あそこまで言われたのですから、少なくとも、第十階層のボスを倒すところは見せて頂かないとお腹の虫が収まりません!」
「えぇ……」
レナが困惑するのも無理はない。
こういう無茶を言うのはいつもレナで、シェスはどちらかというと止める側なのに。
シェスは侮られることに敏感なのかもしれない。身分をひけらかすようなことは一切しないけれど、冒険者学校に入るまでは傅かれる貴族令嬢として育ってきたのだ。実力主義のユルドで、しかも身分を隠しているから一冒険者としての扱いしかされていないものの、他の街であれば相応の待遇を受ける人だ。
「レナさんは平気なんですか?」
「平気なわけないでしょ!? 腹は立つわよ! でも、勝手にそんなことできないでしょ。クロトに聞いてみないと」
「お師匠様には第十階層までは行ってもよいと言われていますわ。二人以下での討伐も認められていませんが、四人以上の討伐が禁止されているわけでもありません」
「それはそうだけど……」
レナがこちらを見た。
「ティアはどう思う?」
「……私は」
いつの間にか体の震えは止まっていた。
シェスが怒ってくれたからだと思う。
いつまでもこんな風に怯えていられない。馬鹿にされたくないのなら、見返してやらないと。
「……行く」
私は立ち上がった。
「えぇ……? ティアまで……?」
レナは考え込むように目をつぶった。
そして、すぐに目を開ける。
「わかったわ。ただし、第十階層までよ。さすがにそこから先には行けない。それと、ちゃんと準備してからね」
「もちろんですわ」
「……うん」
最低限のラインは私にもシェスにもわかっている。
第十階層までであれば、こいつらの実力がどうであれ、私たちは自力で骸骨王を倒せるし、地上まで戻ってこられる。
「決まりだね」
「はっ、第十階層までとは、お子ちゃま攻略じゃねぇか」
「うるさいわね。仕方ないでしょ、クロトの方針なんだから。師匠の言う事は絶対なの。じゃあ、準備するから、一時間後に大岩で集合しましょう」
レナがリュックを背負った。このまま行くつもりだ。
私はテーブルに三人分の料金を置いて、シェスと一緒に後に続いた。
「ほ、ほんとに行くの……?」
後ろから黒ローブの困惑した声と、「もちろん」「当たり前だろ」という七三分けと大斧の声が聞こえてきた。
店を出てまず向かったのは冒険者ギルド。ここで帰還の報告、ドロップアイテムの買取、出発の報告をする。師弟制度の支給品の受け取りも忘れない。必需品のポーションと干し肉が無料でもらえるのは、駆け出しの冒険者にとっては本当にありがたい。
次に向かうのはポーション屋。支給品だけでは全然足りないので、ここで買い足す。食料が尽きた影響もあって、かなりの数を補充することになった。
場合によってはアイテム屋にも行くが、不足はなかったので今回は飛ばす。同様に武器の整備も不要だったので、装備屋もスキップ。
最後に寄ったのは食料品店。ここで保存食を買う。缶詰めや干した果物もあるけれど、私たちが買うのは専ら干し肉。それも最低限のランクの。金欠なのだから仕方がない。
「ポーションはいつも通りにフルで買っちゃったけど、干し肉はどうする? 行って帰ってくるだけよね?」
「地図を作るわけではありませんからね」
仮にあいつらが無能で何の戦力にならなかったとしても、私たち三人で往復するより遅くなることはない。だから最低限、その日数分あればいいはずだ。
「……試験」
「そうね。この前のクロトの試験の時の日数が目安になるわ。丸六日だったわよね。その一.五倍あれば足りるかしら」
「……二倍」
「そうですね。万が一ということもありますし、もう空腹に苛まれるのはご遠慮したいです」
「そうね。そうしましょう。余ったら次の攻略に回せばいいもの」
数量が決まり、レナがカウンターで注文した。三つに分けて包んでもらい、それぞれ荷物に仕舞う。
「二人とも、買い忘れた物はない?」
店を出たところで最終確認だ。
「……ない」
「大丈夫だと思います」
体力、魔力、毒消し、耐火等の第十階層攻略までの各種ポーションは十分にある。石鹸と気付け薬もあるし、食料は余裕を見て調達した。ランプ等の道具や装備も万全。
「地図はあるわね?」
「……ある」
家に帰らずずっと持ち歩いているのだから忘れようがない。
「卵は?」
「あります」
「……ある」
「あたしもあるわ」
自分のポーチの中身を見て、帰還の卵が入っていることを確認する。
「あとはこれね」
レナが右手の手の甲をこちらに向けた。
その小指には、小さな赤い石のついた指輪があった。
「……ある」
「あります」
私とシェスも互いに見せ合った。
帰還の卵を受け取った次の日、地図作りに向かう私たちに、師匠から渡された物だ。
「ほんと、なんなのかしらね、これ」
「お師匠様が絶対に身につけろと言うくらいですから、重要な物だとは思いますが……」
説明が何もなかったので、効果はわからない。
道具屋の商品の中にも、似たような造形の指輪はなかった。
危機に陥ったときに自動で障壁を張ってくれるのでは、とか、回復魔法をかけてくれるのでは、といった推測はしたけれど、今のところ発動するような機会がない。
「なんであれ、わたくしはお師匠様と同じ指輪をすることができて嬉しいですわ~」
シェスが両手を頬に当てて、体をくねくねと捻った。
これを受けとった時、一緒に師匠も指輪をつけたのだ。
「ま、まあ、師弟って感じがしていいのかもしれないわね!」
「左手の薬指じゃないのが残念ですけれど」
「そ、そんなの四人でしてたら変じゃない!」
私も少しがっかりしたから、シェスの気持ちはわかる。
「とにかく! 忘れ物はないわね!? なら行くわよ! そろそろ時間だし!」




