第60話 食料不足(ティア視点)
「じゃ、どんな罠なのか確認するわよ」
「矢ではないでしょうか」
光っているのは壁だから、落とし穴ではない。転移や召喚でもない。恐らく弓矢。もしかしたら毒。上層だから、炎や電撃の可能性は低い。
私はポーションと毒消しをポーチから取り出した。
「……二人は後ろ」
「あたしが――」
「ティアさんの方が反応が早いですから、ティアさんにお任せしましょう」
「確かにそうね。気をつけて」
レナとシェスが後ろに下がった。
二人ともポーチからポーションを取り出している。私に何かあれば投げてくれるつもりなのだ。レナなんて、帰還の卵まで持っている。要らないって辞退したくせに。くすり、と自然に笑いが漏れた。私は二人に大事にされている。
姿勢を低くして、床の光っている部分に足を乗せた。
横の壁を警戒しつつ、体重をかけていく。
カチッと小さな音が聞こえた。
――と同時に、ひゅんっと頭上に風切り音と、反対側の壁にカカカッと軽い音がした。
見ると、発射された五本の矢が床に落ちていた。発射元の壁には、小さな穴が開いている。
「発射速度は速いけど、威力は小さいみたいね」
「壁に傷もついていませんね」
近づいてきたレナとシェスが観察を始めた。
「ティアは今の、避けられそう?」
「……無理」
「そうよね」
遠くから飛んでくれば反応出来るが、狭い通路の真横から飛んできたら咄嗟に避けるのは難しそうだ。
「当たっても死ぬ程じゃないけど、戦闘中に引っかかったら厄介だし、毒矢とか爆矢だと危険だわ。やっぱり罠は警戒しないと駄目ね」
「下層に行けば威力も大きくなるらしいので、なおさら注意ですね。壁がえぐれるほどの威力も出るそうです」
「何それエグ……」
レナが絶句した。
「一つでも直撃したら即死じゃない」
「それまでには装備品が充実していて、オーラや物理防御の魔法が強くなっているでしょうから、即死するようなことにはならないと思いますよ」
確かに、師匠なら当たっても平気そうだ。というか、避けてしまうかもしれない。
「地図にはしっかり矢の罠の印をつけておくわね」
レナが地図に印を描き込むのを待って、私たちは先に進むことにした。
二人は罠を警戒しておっかなびっくりになっていたが、私は逆に気を抜くことが出来た。罠の感覚を知ったからだ。下層に行くと見破るのが難しくなるらしいが、少なくともこの階層であれば、私が罠を見逃すことはない。
ほんの少しだけ歩みが早くなった私たちは、その数日後、第八階層の休憩部屋を見つけたところで、地上に戻ることにした。
地上の大岩から出た瞬間――。
ぐぅうぅぅぅううぅぅ……。
レナのお腹が盛大に鳴った。
「お腹空いた……」
「わたくしもです」
「……私も」
本当なら、二日前には戻る判断をしていなければいけなかった。なのに、あと少しだけ、もう一部屋だけ、とずるずると延ばしてしまった結果食料が完全に尽き、今日は何も食べていない。
「まずはご飯を食べに行くわよ。いいわよね?」
「いいと思います」
「……うん」
課題が終わるまで帰って来るなとは言われてはいるけれど、別に外食が禁止されているわけではない。なんとなく、ずっとダンジョンに潜っていなければならない、というような気持ちになっていただけだ。
疲れているし、少しくらい息抜きをしてもいいのかもしれない。
向かったのはいつもの店だった。ここは安いメニューも置いている。第十階層踏破者の財布にも優い店だ。
偶然師匠に会えたりしないかと周りを確認するも、そんな奇跡はなかった。まだ夕方前だ。地上にいたとしても、食事をしに来るような時間ではない。レナとシェスもきょろきょろとしたあとに落胆していた。考える事は同じようだ。
質よりも値段と量を優先して注文して食べた。
「はぁ……久しぶりのまともなご飯……美味しかったわ……」
「……生肉」
「ずっと潜ってましたものね」
お腹がいっぱいになって、眠くなってくる。このままお昼寝してしまいたい。
「水はシェスが出してくれるから何とかなるけど、食べ物が無くなるのは駄目ね。ポーションじゃ空腹はどうにもならないし」
「強制的に体力を回復させるだけで、栄養を摂るものではないですからね」
「下層で食料が尽きたら悲惨よね」
極限状態になればモンスターの肉でも食べる気になるだろうが、モンスターは倒せば消えてしまう。腹の足しにはならない。
「……ドロップ」
「運良く食料を落としてくれればいいですが、確率は低いみたいですね。階層によっては、植物が生えていることもあるようですが」
第十階層まででモンスターが落とした肉は、ゾンビの腐った肉だけ。食材とはとてもカウントできないあれが唯一なのだから、相当確率が低いことがわかる。
「食料が尽きた、なんてクロトに言ったら、バチクソ馬鹿にされるわよね」
「馬鹿にされるというか、お説教ではないでしょうか」
「……うん」
「いいえ、絶対あいつは馬鹿にしてくるわ。そんな簡単な判断もできないのかって! 空腹が原因で怪我でもしたら大爆笑間違いなしよ!」
「そうでしょうか?」
私もピンとこない。
どちらかと言えば師匠は怒るような気がする。命に関わるような事には厳しいから。
「そんなの絶対にごめんだから、もうこんなことは二度としないわよ。あと少しと思っても、予備も残して地上に戻るようにしましょう」
「そうですわね」
「……うん」
師匠に馬鹿にされたくないから、という理由はどうかと思うけれど、レナだって本気でそれを理由にはしていないだろう。今日の失敗を二度と起こさないという決意には賛成だ。
「ということで、腹ごしらえもしたし、買い出しに行って、地図作りを再開するわよ!」
「おやおやおや~?」
レナが勢いよく立ち上がった時、嫌な感じで話かけてくる人物がいた。




