第17話 大厄災の英雄
その日の夜。
俺たちは第四階層の休憩部屋に泊まることにした。
第五階層までは到達したのだが、ボス部屋の近くにある休憩部屋まではたどり着けず、第四階層のここに戻って来たのだった。
野菜が挟まったサンドイッチを食べる三人をしり目に、もそもそと干し肉を食べる。今回は期間が長いので、それに加えてドライフルーツも少々。
地上では腹一杯食うが、ダンジョンでは食事をセーブするようにしている。食料がもったいないからだ。
「ねえ、わたしたち、六日後までに戻れそう?」
「そうだな、明日ボスと第六階層を突破して、七、八、九、十と進んで、その日と七日目にダッシュで戻れば間に合うだろ」
「そんなに上手くいくでしょうか?」
「さあな。お前たち次第だ」
「案内人のくせに頼りにならないわね」
「そういう契約だからな」
そこに文句を言うなら依頼してくるなよ。
「……大丈夫」
不安そうに膝を抱えたシェスの方に、ティアが手を乗せる。
「そうよ。ちゃんと間に合うわ。前回だって何とかなったでしょ? 今度こそ絶対認めさせるわよ」
「でも、また、同行しただけだろう、と仰るかもしれません」
「その時は実力を見せてやればいいのよ」
「でも……」
「せっかく冒険者学校を卒業したんだから、頑張ろう? シェスは冒険者になりたいでしょ?」
「ええ、なりたいです」
「なれるわ」
「……なれる」
「二人とも、ありがとうございます」
シェスが二人に微笑んだ。
なるほど。シェスは誰かに冒険者になることを反対されているわけか。
十中八九、親だろうな。いい所のお嬢さんみたいだし。可愛い娘を冒険者なんて危険な職業に就かせたくないわけだ。
中級者になれば認めてやるとでも言われたんだろう。
「そ、そうだ! 前回は忘れてたけど、あの人もここを通ったのよね!? 自分たちが同じ場所にいるって、なんかすごくない!?」
暗くなった空気を吹き飛ばすように、レナが明るい声を出した。
「そうですわね。あの方と同じ所にいると思うとドキドキします」
「誰の事だか知らないが、ダンジョンのフロアは人によるから、そいつがこの部屋に来た可能性は限りなく低いぞ」
俺の客だったなら話は別だけどな。
「うっさいわね。気分よ気分! 空気読んでよね! あぁ、会ってみたかったなぁ、きっと王子様みたいな素敵な人なんだろうなぁ」
「ええ、筋肉質なワイルドな方だと思いますわ」
「すらっとしてて、爽やかで、馬車から降りるときに手を差し出してくれちゃったりして」
「階段を上るときは、たくましい腕で抱き上げて下さるに違いありません」
レナとシェスは、夢見るように斜め上方に視線を向けていた。
全然イメージがかみ合わないんだが。なんだよ筋肉質でワイルドですらっとしてて爽やかって。
「どうして絵姿がないのかしら」
「そうですわよね。もしあるならわたくし絶対手にいれますのに」
絵姿ってのは、二割増しどころか別人かと思えるほどに誇張して描かれるものだから、まったく当てにならないと思うがな。
ティアは興味なさそうにサンドイッチをもぐもぐと食べている。
俺も干し肉をかじった。
「キスをするときは、優しくあごをくいっと持ち上げられて――」
「壁際に追い詰められて、強引に――」
きゃーっと二人は両手で顔を覆って叫んだ。
同一人物なのかそれは。
いや、壁際に追い詰めてあごを持ち上げるのはギリ両立できるか。二人の口調からは全然別人のように聞こえるが。
突然乙女モードに入ってしまった二人を、俺はげんなりした目で見た。
やはりティアは興味がなさそうだ。
「それで、誰なんだ、そいつは?」
「決まってるでしょ!?」
「決まっていますわ!」
二人の声がハモった。
「紅の魔法使い様よ!」
「黒の閃光様です!」
「ぶっ」
二人の口が発したのは別々の二つ名で、俺は思わず吹いた。
げほげほとむせる。
「きったないわね!」
「……大丈夫?」
ティアが無言で立ち上がり、背中をなででくれた。
「すまん」
呼吸を整えた俺は、ティアへの礼を言う。
「まさか知らないの? 紅の魔法使い様は、黒の閃光と一緒に、三年前の大厄災を止めたのよ? 大魔法で押し寄せるモンスターを丸ごと焼き払ったらしいわ。膨大な魔力を持っていて、魔法を使う時は体からあふれるそうよ。その魔力が真っ赤だったから、紅の魔法使い様と呼ばれているの」
「そうですわ。黒の閃光様は、紅の魔法使いと共に、第三十階層のボスを倒したのです。目にも止まらぬ速さで何体ものモンスターを細切れにしたそうです。その剣技はどこの流派とも知れないものだとか。体を覆う黒いオーラとその速度から、黒の閃光様と呼ばれていらっしゃるのですわ」
剣士のレナが魔法について話していて、魔法使いのシェスが剣について話した。自分にないものに興味を惹かれるということか。
「大厄災っていうのは、三十年周期で訪れる、モンスターの大発生のことよ」
「下層のモンスターが上がってきて、放っておくと地上にあふれてくるのです」
ぴん、と人差し指を立ててレナとシェスは言う。
「それは知ってる」
大厄災は、案内人と冒険者が総出で対処するような事態だ。知らない者はいない。この街も過去何度も壊滅寸前まで追いやられている。
実際にそうやって壊滅した街はたくさんあり、そこは魔境と化していて、人が近寄れる場所ではなくなってしまった。
「そうね、あんた案内人だもんね。知ってるに決まってるわね」
「もしかして、三年前の大厄災のときにもユルドにいらしたのですか?」
「あー、まー、そうだな。いた」
「もしかして、紅の魔法使い様に会ったことがあるとか!?」
「黒の閃光様って、どんなお方でしたか?」
四つん這いでばばばっと近づいてきた二人は、ぐいっと顔を近づけてきた。
爛々と光る期待に満ちた目が俺を見る。
「いや、よくは知らない、かな」
「そうよね、その頃はあんたはまだ子どもだったもんね……」
「まだ案内人でなかったのなら、お会いしたことがなくても無理ありませんわ……」
がっかりしたように、二人は身を引いた。
「でもそいつ、死んだんだろ?」
「ボスを倒して厄災を止めた時、パーティは壊滅して、二人もその時の傷が原因で亡くなったのよね……」
「第三十階層踏破者として帰還したのはお二人だけでしたのに……」
二人がさらに肩を落とす。
「ティナはどう思う? 紅の魔法使い様は本当に死んじゃったのかしら」
「……さあ」
「ティナさんは黒の閃光様に興味ありませんものね」
「……今が大事」
サンドイッチを食べ終えたティナは、ペロリと指をなめた。