第15話 再会
冒険者学校のヒヨッコ卒業生を初心者から初級者にした後、俺は三日間の休みを取った。
休みを取るほど疲れてはいなかったが、それは肉体的疲労に限った話。日帰りと一泊二日だったのに、女三人に同行するというのは精神的に疲れた。
危なっかしい場面もそれほどなく、無茶もしていなかったはずなのに、終わった後にどっと疲れが出た。どうやら俺はずっと三人の動きを注視していたようだ。
ただの一つも品物の売り上げはなかったものの、第五階層までを二日半もかけて往復するだけだったのだから割りのいい商売ではあったが、同じような依頼があったとしても、もう二度と受ける事はないだろう。
その点、次に受けた依頼は気楽だった。
行き先は中級者の中ボスフロアである、第十五階層まで。
パーティメンバーは全員第二十階層踏破者 で、第二十五階層の踏破にも何度も成功している猛者どもだ。
当然、十五階層までなら、どのフロアにどんなモンスターが出るのかはもちろん知っているし、立ち回りの仕方も心得ている。
俺がやることと言えば、道を示してついて行くだけ。まさに理想の仕事だ。
しかもフロアモンスターのドロップ品はレア含めて全て回収してよいという、超太っ腹案件だった。
なぜそんな美味しい依頼が俺に回ってきたかと言えば、そのパーティの目的は第十五階層のボス女王蜘蛛のレアドロップ品である蛇眼で、それが出るまで地上と第十五階層を往復する、出るまで帰れません案件だったからだ。
第十五階層までは最短距離で驀進、サクッとクイーンアラクネを倒して蛇眼が出なければ地上に戻り、入り口でダンジョンをリセットして入り直し、再びクイーンアラクネの元へ――。
これを延々と繰り返す。
通常こういうのはパーティ内のフロアで回すもんだが、俺の、特に第十二、十三、十五階層の構造はショートカットが効くからと指名があった。
メンバーのフロア構造の方が向いていればそいつが開けて、俺のフロアがいいときは俺が階層の扉を開ける。
最初は最短コースの道案内もしたが、一流の攻略者であればそのくらいすぐに頭に入る。
途中から俺はパーティが蹴散らしたモンスターのドロップアイテムを拾い集めるだけの土人形と化した。
普通は地上に戻ったときに買い物やら休憩やら挟むものだが、このパーティはとにかくストイックだった。
一瞬しか地上の空気を吸うことなく、再びダンジョンに潜る。時間的に休憩だろうというときでも、第一階層の休憩部屋を使うなどして、何があろうともダンジョン内にいるという強い信念を感じた。
まあ、このエンドレストライをする事にしたきっかけがメンバー内カップルの破局であり、余所のメンバーに浮気して出てったんだってことなら、気持ちはわからないでもない。
ダンジョンに潜っている限り、そいつとも恋敵とも鉢合わせることはあり得ないからな。
その執念が実ったのかなんなのか、蛇眼は七回目のトライで出た。ちょうど二十二日目のことだ。
タイムリミットとして引かれたのは三十日間だったし、それでも出ないだろうと思っていただけに、随分あっさりと感じた。メンバーも「あ、出ちゃった」という顔だった。
俺は契約期間のギリギリまでは二周目をやってもよかったが、依頼人たちはもう十分だということだったので、周回はそこで終わりとなった。
――で、俺は二十四日ぶりにギルドに来ていた。
昨夜の遅くにダンジョンを出てまっすぐ家に帰り、風呂と着替えを終えてベッドでぐっすり眠った後、戦利品の売却と報告に来たってわけだ。
依頼人たちは昨夜のうちにギルドに寄っていたようで、依頼完了の手続きは簡単に終わった。
レアドロップ品はいい値段で売れたし、ノーマルドロップだって数があればそれなりの額になる。潜り続けた甲斐はあった。
久しぶりの外の空気は爽やかで、懐も潤った。あとは美味い飯と酒があれば文句はない。
高級ステーキでも食べにいくか。ナイフを入れて肉汁がじゅわっとあふれる様を想像すると、口の中に唾液が溢れていく。そこに冷えたエールをぐいっと一杯……。
よし、今すぐ行こう。まだ昼前だが構うものか。
一階へと階段を降りかけたとき――。
「だからぁ、クロトがいいんだってば! 昨日戻ったって聞いたんだけど?」
知っている声だった。
「ですから、クロトさんは本来は第五階層は対象外で……」
「今回は第十階層踏破が目的なの。クロトなら行けるでしょ?」
姿を見なくても声だけでわかった。レナだ。ならば当然シェスとティアもいるだろう。マジで宣言通り戻ってきたらしい。
しかもなぜか俺を名指ししている。
「ええと、クロトさんは中級者相手の案内しか受けないんです」
「クロトさんは第二十階層踏破者ではありませんわよね? なのに、中級者の第二十階層踏破の案内をされているんですか?」
「クロトさんは第十五階層までの案内人です」
「……中途半端」
第十五階層までにするのが、時間的にも労力的にも実入りがいいことは、統計的にも証明されている。
中ボスを倒したあと、第十六階層以降はモンスターの格が上がり、そこからぐっと難易度が変わる。
そりゃあ、後半の階層に行けばそれだけドロップ品も良くなるし、宝箱の出現率も上がる。一応、俺も自分のフロア地図だけは持っている。
だが、階層突破を目的とせず、単に生活費を稼ぐためなら、第十五階層までで十分だ。俺への報酬を払ったとしても。
依頼がなくて一人で潜る時だって、第十六階層以降なんて滅多に行かない。行ってもボス部屋の前までだ。第二十階層のボス戦なんてもってのほか。
下層に行きたいのなら、どこかの傲慢で粗野な上級者にでも案内してもらればいい。
同様の理由で、俺は初心者や初級者は相手にしない。弱すぎて面倒だからだ。
ほどほどに進める中級者くらいが商売の相手にはちょうどいい。油断で怪我してくれりゃあ、ポーションの売り上げにもなるしな。
「でもこのまえは初心者の案内してくれたじゃない。今回だっていいでしょ?」
「それを決めるのはクロトさんで……」
「だーかーらー、クロトを呼んでって言ってるの」
「初級者の案内を請け負って下さる方もいますから」
「なんでそんなに渋るのよ。第二十階層に連れて行けって言ってるんじゃないの。第十階層でいいんだってば」
何度断られてもレナは退こうとしない。
俺はそっと踵を返した。また休暇を潰されるのは御免だ。
が――。
「……クロト」
ティアの聴力は侮れなかった。
「やっぱりいるんじゃない!」
レナの叫び声を背景に、ティアが足音も立てずに階段を上ってきて、腕をがしっとつかんできた。
「依頼よ! あたしたちを第十階層まで連れてって!」
「断る!」
「お願いしますわ」
シェスが胸の前で手を組み、階下から見上げてきた。
「俺は今日から休みだ」
「どうせ案内しないんだから、潜ったって休んでるようなものでしょ!?」
んなわけねぇだろ。少なくとも歩いとるわ! それに今回は走り通しだったぞ!
「潜りっぱなしで疲れてるんだよ。勘弁してくれ」
「あと七日間で中級者にならなくてはならないんです。どうか、もう一度わたくしたちとダンジョンに潜って下さい」
シェスが深々と頭を下げる。
「……お願い」
腕をつかんでいるティアが、上目遣いで見てきた。
「お金ならあるわ! 相場の倍は払えるわよ!」
相場の倍――。
「乗った!」
俺は即決した。
こうして俺は三人と再びダンジョンに潜ることになった。